ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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"ヴァイオリン・ポルノ"

今日、イタリアから荷物が届いた。昨年イタリアのパルマで開催されたG.B.グァダニーニの楽器展示会に集った楽器の写真集だ。
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G.B.グァダニーニはピアチェンツァ出身のヴァイオリン製作家。昨年が生誕200年(グァルネリ・デル・ジェズより1世代下になるかな)で彼が一時期活動していたパルマで記念の展示会が企画された。日本では真贋問題の裁判で有名になってしまったかれだが、製作家としてはたいへん興味がある製作家である。
今回は予約販売で昨年12月に予約したものがようやく届いたのだ。

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ページを繰ってみると思っていたよりクオリティのある写真だ。興味ある解析のデータなども載っていて予想以上のモノであった。限定出版なので各コピーにナンバリングがしてある。僕の本は84番である。

だいたい、ヴァイオリン関係者はこういう写真をみて、うんうん、とうなずきながら見たり、じっくりと舐め回すように1台の楽器の写真を見入ったりと普通の人が見たら完全に変人のように見えるだろう。なにせ普通の人にはどれも同じように見えるのだから。

最近読んだ『ニューヨークの弦楽器職人』の主人公、サミュエル・ジークムントヴィッチはこうしたヴァイオリンの写真集のことを”ヴァイオリン・ポルノ”と呼んでいた。あくまで写真集であり実物ではなく、その見え方は本物とは違った何かがある(もしかしたら本物より美しく見える!)。うまく言ったものだ。

そう考えると、将棋棋士が棋譜をみてゲームの内容を想像できるのとかも同様にこういったもので興奮する我々はかなりヤバい人種なのかも、ということを改めて認識した次第である。
by shinop_milano | 2012-07-22 01:23 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ー受難編3

列車がマルペンサ空港に着いた。幸いなことに時間通りだ。
到着と同時にスーツケースを転がしながら走る。2階のチェックインロビーまでは小馴れた経路なので5分もかからないでゆける。

表示を見てチェックインカウンターを探す。1番カウンター、一番端っこだ、急げ〜。
さらにチェックインロビーを走りカウンターに着いた。しかし、中国国際航空の表示が見当たらない!どこだどこだ?
同じカウンタアーに席を並べる別の航空会社のスタッフの人に聞いてみる。

「エア・チャイナのカウンタはどこですか?」
「さっきまでそこにいたけど、もういなくなってるわね。」

(゚Д゚)ハァ? うっそ!時計を見ると11:45。まだチェックインカウンタ開いていてもいいんじゃない?しかし、先ほどまでスタッフがいたというカウンタは「closed」になっている。

もしかしたら、乗り遅れた?

血圧が低くなって行くのが感じられた。
「チケット売り場に行ってみたら?」というので急いで、まだ何とかなるかもしれない、と思って行ってみることにした。チケット売り場はこことは反対側の端っこである。また、出発ロビーを走ることに。。。極度の緊張とこれまでの疲れで足がもつれる。軽く転んだ。周りからの視線がキビシい。あ〜〜最悪!

しかし、チケット売り場を探しても中国国際航空の窓口は見当たらない。困った。他の航空会社の窓口で尋ねると、「そこの総合チケット売り場の窓口じゃない?」といって空港直営の窓口を指した。うっ、列ができている・・・こりゃあかん。

仕方ないから窓口で事情を説明して割り込んで相談する。
「エア・チャイナは今はチケット売り場は無くて会社のオフィスと兼用よ。向こうの3階の空港会社オフィスフロア。」
それってさっきいた所じゃん。今来た道をまた走る。もう既に12:00、相談できてももうさすがに間に合わないだろうなぁ・・・

ようやくたどり着いたエア・チャイナのオフィス。
「出発の45分前まではカウンタにいるんだけどね・・・」とオフィスというよりは詰所のようなところでこれからお昼休みに行こうかしらというおばさんから遠回しに、今日はもう諦めなさい、という言い回しで対応をされる。飛行機に乗り遅れ決定である。( -.-) =з ハァ…
結局ここでは購入後のチケットのマネージメントが出来ないとのことでその後チケットを買った日本の代理店、ヨーロッパコールセンターなどに電話をしたが予約変更、払い戻しは出来ない、というタイプのチケットで途方に暮れることに。

もう仕方ないので、気を取り直し対策を考える。いずれにしてもチケットを買い直さなくては行けなそうだ。
幸いミラノなのでかつてから利用していた地元の日系旅行会社HISミラノ支店、旅行になれたミラノ周辺に住む友達に電話したりして相談した所、どうも午後出発の中東経由の飛行機が安く次の日まで待たずに帰れることがわかった。最悪ミラノに一泊することも考えたが次の日に仕事も入っていたので即断、即発券してもらいドーハ&関空経由のカタール航空で成田に向うことになった。

ちなみにこのチケット料金、片道515ユーロ(税、手数料込み)で、別の選択肢エミレーツ航空ドバイ経由成田行きは565ユーロだった。エミレーツに当たっては空港にチケット売り場があって予想外にも空港窓口で買った方が代理店価格より安く提示された。
空港会社の運営するチケット売り場は論外で、昼休みになると販売担当のスタッフはいなくなってしまうという、ダメダメなイタリア状況であった。しかも非常に対応が悪く僕と同様に飛行機を乗り遅れた英語をしゃべるおっちゃん二人が4文字単語を連呼して怒りまくっていた(僕も同様の心境である)。

もし、この経緯をよんでくれた方で海外の空港で乗り遅れたなんて場合(特にミラノ・マルペンサ空港)は参考にしてほしい。結局、帰途は長旅になったがカタール航空のサービスは良く値段よりも割安感を感じるほどであった。今どきエコノミークラスの大陸横断便でアイマスクや歯ブラシをサービスしてくれる航空会社は少ない。

ともあれ、かくして予定の日程で自宅に帰ることができた。今回のイタリア出張では目に見えてイタリアも変わったなぁと感じることが多かったが、味わった苦労からはやっぱりイタリアとイタリア生活を懐かしくも思いました。

<おわり>
by shinop_milano | 2012-07-18 14:39 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ー受難編2

ボローニャ中央駅についたのは9:50分。駅に着いてすぐに自動券売機でミラノ・マルペンサ空港行きのダイヤを調べる。僕がモデナで暮らしていた頃はこんな検索はあり得なかったなぁ・・・などと考えつつ検索結果を見ると9:10分発のミラノ・ポルタガリバルディ駅着10.26、乗継いでマルペンサ空港に11:17着という列車があった。飛行機の出発は12:30。よし、これならギリギリ間に合う!!

迷わず切符を買ってミラノ行き特急の停車する1番ホームに走った(自分が走っても列車は時刻表より早くは出発しないのだけど)。しかしこれだけでは安心できない。特急列車と言えど遅れるということはイタリアでは日常茶飯事だからだ。ホーム表示される列車の運行状況をみると、
ガ━━(゚Д゚;)━━ン!
10分遅れ。ミラノでの乗り継ぎ時間は9分!小学生でもできる計算、これじゃ間に合わんじゃないか!しかしこれに乗るしかない、ひょっとしたらミラノに向う途中、パルマあたりの平野で加速するかもしれない、専用線路敷いてあるし。まあ、希望をもって列車を待つしか無い。

しかしこういう時は悪い方に事態は進むようである。列車は15分遅れてやってきた・・・(涙)
こりゃダメかな・・・ちょっと諦め方向に気持ちが傾いた。日本の列車のように遅れていたらそれを取り戻すように努力するようなことはイタリアの国鉄はしてくれない。
取りあえず列車に乗って時刻を確認することにした。今回はノートパソコンをもってきていてUSBキー経由で携帯の電波を拾ってネットに接続できる。時間単位で接続サービスを買えるのでテンポラリーに使いたい旅行者にも優しい。

ダイヤを確認した所、また少し希望の光が見えた。
もし乗り継ぎが間に合わなくてもポルタガリバルディ駅からは次に空港直行列車で11:38着というのがある!チェックインカウンターまで走れば出発45分前に超ギリギリ間に合うかも知れない!しかし願わくば15分の遅れを取り戻せとは言わない、10分でいいから遅れを取り戻してミラノに着いてほしい!!

そう思いながら列車はミラノ市内に入った。
最初の駅、ミラノ・ロゴレド駅はミラノで最初のころにすんでいたアパートがすぐ隣だ。なので次の駅への距離感はよく知っている。空港への列車の出発にはあと10分弱だ。あかん、予定していた接続の列車には間に合わない・・・

果たして、ミラノ・ポルタガリバルディ駅には13分遅れて着いた。当然、予定していた空港行きの列車は待っていてくれなかった。
ホームの反対側にはフランス国鉄のTGVが停車している。今はこの駅からもフランス行きの列車がでるのかぁ、などと鉄道ファンには見過ごせない状況を目にするが急いで乗り換えのホームを探す。
ポルタガリバルディ駅は最近再開発で先のTGVの発着があったり、空港行きの列車も発着があったりと列車の運行状況は僕がイタリアにいた頃とはすっかり変わってしまった。気持ちは焦るがもう時間のロスは出来ない。いったい出発のホームはどこだ?
15分くらいの時間があったがまだホームの表示が出ていない。仕方ないから地下通路に重い荷物を持って降りて聞いてまわる。そしたら結局さっき降りたホームが最後の期待を込めて乗ろうとする列車の出発ホームだった。( -.-) =з ハァ…披露倍増。

お腹も減ってきたので空港までの車中で駅の売店でパニーノを買った。取りあえず何か食事でもしないと落ち着きそうもない。。
列車は時間通りに来た。TGVを見ながら列車に乗り込む(間に合わないならいっそのことこれでパリまで行っちゃおうかとか思いながら・・・)。果たして飛行機には間に合うか!?

<つづく>
by shinop_milano | 2012-07-17 00:36 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ー受難編1

一週間に渡るイタリア出張も明日で帰国(7/5のことです)。最後の晩は野外オペラで有名なヴェローナの町をあるいて見納め、と荷物を整理し食事をしにヴェローナの夜の町に出かけた。
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明日はミラノ中央駅を経由して最近ここからも出発する空港行きのマルペンサ・エクスプレスでらくらく空港までゆく、はずだった。

翌朝、ヴェローナからミラノに向う列車は7:32に出発だった。ちゃちゃっとホテルで朝食とチェックアウトを済ませ列車に間に合うよう駅に出かけた。駅に着き出発のホームを確認、6番ホームだ。しかし、10分遅れとある。
ま、良くあることだ。時間には余裕あるし、今回はフレッチャ・ビアンカ(指定席特急)だから大幅に遅れることは無いだろうとまだ余裕だった。しかし、列車はさらに遅れていた。6番と7番が並ぶホームは人がいっぱい。およそ、予定の出発時間から20分遅れて列車がやってきた。しかも両方のホームにいっしょに列車がやってきたから人の動きが慌ただしい。

列車に乗り込む。席は7号車11番のD窓際。席はテーブルを囲むように4人が座る。一人はご年配の奥さま、もう一人はTシャツを着たスポーティな中年男性、そしてぼくの隣は堅い仕事をしてる老紳士(後でわかったが弁護士だったようである)だった。列車が出発した。ほっと一息後は楽々ミラノまでと思いちょっとうたたねに入った。朝の出勤時間帯は列車内も静かなものである。

出発してから40分くらいだろうかしばらくすると車掌が検察にやってきた。ぼくのコンパートメントは廊下に近い方からチケットをチェックし始めた。最後に僕がネットで予約したeチケット(自宅のプリンタ出力)を見せると車掌の顔が曇った。そして、信じられない&忘れられない一言が出た。
「Signore, questo treno non va a Milano, a Roma.」(お客さん、この列車ミラノに行かないよ、ローマ行きです)
えっ!?(・ω・*)
「ミラノ行きの列車は反対側のホームだったんだよ、残念だけど」
といって、チケットを僕に返し次の客にチェックに行った。
ガ━━(゚Д゚;)━━ン!

僕のまわりの3人は唖然。あ、やっちゃったこの人、という視線である。隣の弁護士さんが声を掛けてくれた。
「ごめん、ほんとは僕の席は君が座っている所なんだけど言ってあげれば出発前に気づけたかもしれなかったな・・・」
満員の車両の中でどうもぼくの席は(正しくはそのとなりだったが)別の列車で空席だったことと、親切な弁護士さんが気を使って無言で席を変わってくれたこと、何よりも列車停まるホームが同じ乗車口の反対側のホームに変更になった、という3つの不幸が重なって楽々空港までが一転して、どうする間に合う空港まで!?の超緊張モードになった。
ちなみにこういう場合は日本人とはまわりが違ってみんなで可哀想がってあげることは無い。どうすることもできないよ、というのを目線で送ってくれるだけだけど、正直なところこうしてくれた方が気が楽に感じるのは長いイタリア生活がそうさせたからかもしれない。

ともかくもう慌てても仕方が無い、最善策を考える。
あと10分すればボーローニャにつく。時計を見る。この時間なら運良くすればミラノまで1時間で行けるフレッチャ・ロッサに乗ってギリギリ間に合うかも。あるいは、最近運行を始めた私営の高速鉄道「.italo(プント・イタロ)」を使う手もあるか?などと考えながら、すぐにボローニャ中央駅で下車できるよう準備に入る。
もう重い荷物も、焦る汗も感じない。下車して時刻表を見に行くのが最優先。果たしてボローニャから列車はあるか?

<次回につづく>
by shinop_milano | 2012-07-16 00:12 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ー南チロル編

今回の出張の最後のミッションは南チロルのバックマン・トーンウッドに材木の選定です。
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ボルツァーノからブレンナー峠を越える街道を途中、ブレッサノーネからドロミテ山塊の一番北側を走る街道をウィーン方面に向う道をたどります。今回も列車で行きましたが駅名にはイタリア語/ドイツ語名が併記される地域です(ちなみにドイツ語の方がメジャーなのでドイツ語の方が先に書かれている)。
針葉樹の匂いのする駅舎を出て、バスで20分ほど行くと彼らの工場/倉庫のあるアンテルセルヴァ(ドイツ語ではアントールツ)に着きます。とても静かなリゾートの村ですが、今年は観光客も少ないようで幾分静かな印象でした。この日は夜ついて翌日のミーティング&選定に備えました。ここに来る時はいつも定宿、Santéshotel Wegerhofに泊まります。たいへん食事もおいしく(ミシュランにも出ている)毎回楽しみにしています。
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これは今回のアンティパスト、セコンドには胡椒の利いたソースをかけた牛肉のソテーを頂きました。興味ある方はホテル名で検索してみてください

さて、翌日バックマンの倉庫に行くと、昨年よりも材木の量は増えていて驚きました。
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今年製材したチェロ用のスプルース材だけでこんな山積み。もちろんバイオリンやギター用の材料も同様にたくさんあります。バイオリン用のメープル材はさらに増えていて2階に上がると天井一面につり下げて乾燥させていました。ほら、こんな感じで裏板用の材が!
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その向こうには、ネックや横板用の材が!!
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この辺はまだずいぶんシーズニングに時間がかかるようなので次回に取ってきますが、今回はリクエストの多いバイオリン、ヴィオラ用の1枚板裏板材を仕入れてきました。もちろん、即使えるスプルース材も豊富な在庫の中から選定してきました。
しかし、限られた時間でたくさんある材の中からより良いものを選ぶのはなかなか難しいです。なにせ、たくさん良い材があって放っておくのがもったいないのですから!

材料の選定を終えてこの日は明日のミラノからの飛行機での出発に備えて、ヴェローナに泊まることにしました。しかし、これが裏目に出たのか最後の受難が待っていました。それは次回に。
by shinop_milano | 2012-07-12 19:59 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ークレモナ>モデナ編

出張報告3回目。

ミラノを出発しクレモナに向いました。ご存知、ヴァイオリン産業のメッカです。
当初今回はクレモナに寄る予定はなかったのですが、出発直前に用事が出来て立ち寄ることにしました。そんな訳でバイオリン製作関係の友人をほぼアポ無しでお邪魔して話などを聞いてきました。今年は9月に3年に一度の“トリエンナーレ”(製作コンクール)があるので気合いの入っている方達も多いようですが経済危機の煽りもあって状況はたいへんなようです。

友達とドゥオーモ(大聖堂)の前で待ち合わせしてると時間があるのでファッサードにかかっているレリーフを見るとドゥオーモ建設の由来などが書いてあって興味深く読んでいました。
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ヴァイオリン・ファンにしてみれば、憧れの地、ではありますが一般の方にとって歴史をたどってみれば古くに栄えた古都であります。クレモナには住んでいませんでしたが何回も訪れている町ですが、楽器を抜きで町を見れば別の角度も見えてきます。実はクレモナのシンボル“トラッツォ”(ドゥオーモ脇の時計塔)にはあまだ登ったことがありません・・・いつでも登れると思っていて。

その後は世話になったモデナのフリニャーニ工房を訪問。今年5月の地震でたいへんだったようなので地震見舞いと様子を伺ってきました。
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幸いモデナの市内は教会の屋根から飾り物の「玉」が落ちたり(結構でかい)したようですが大きな被害はなかったらしいのです。今年になって町のシンボル、ギランディーナの塔の修復も終わり美しい姿を取り戻したのですが、モデナの教区は地震に備えて教会への立ち入りを禁止していたりするようです。こんな感じでドゥオーモには外の広場でミサを執り行うなどの案内も出ていてファサード前にも立ち入り制限でした
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モデナの師匠ロレンツォ・フリニャーニは今では市内に住んでいますが生まれはモデナの北側、今回の震源に近いところの出身です。本人はいたって大丈夫だったのですが、友人、親戚、そして息子さんの住んでいる所がたいへんだったようで今も落ち着かないようです。実は訪れた時はヴァカンス中だったのですが今年はあまり外出する気にもならずお家でゆっくり過ごしていたのでした。「2、3日は息子と一緒に出かけるかもね。」と本人は行っていましたが。

地震の状況は、日本の時と同じようで今も住む所、働く所が壊れてしまって生活の復旧にはかなり時間がかかっているようです。しかも、国からの大きな援助が出る地震の規模はM6.0らしいのですがオフィシャルにはM5.9とか発表されたようで復旧支援をケチったようです。「国はヒドいよ〜」なんて言ってる人も行っていましたが、現地の産業が滞ると(モデナ周辺は自動車産業や肉、チーズなどの畜産も盛んだがの北側にあるノナントラ当たりは注射器の針だか、消毒用アルコールだったか医療器具品の産業も盛んらしい)そうも言っていられないようでテコ入れが入ったようです。どこの国もおなじかなぁ。

最後に、モデナの不思議の部屋を訪問。ファッションデザイナー&モデルのガブリエル・パジーニのブティックです。
彼は日本の男性ファッション誌「LEON」等でカリスマ的に扱われているようですがたいへん気さくなひとです。ブティックはフリニャーニ工房の近くにあり以前もジャケットを買わせてもらったりしました。ブティック内は趣味丸出しで知らない人は足を踏み入れるに勇気がいるかも知れません・・・今回は夏秋向けのジャケットを買って一緒にツーショット写真も撮らせてもらいました。ちょいワルオヤジ路線にちょっと舵を取られたかも?
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by shinop_milano | 2012-07-09 23:32 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ーミラノ編2

久しぶりにミラノに行ってみるとずいぶん変わったものです。

マルペンサ空港から市内への列車マルペンサ・エクスプレスはカドルナ駅だけでなくポルタ・ガリバルディ駅にもミラノ中央駅にも発着していました。列車運賃、バールのコーヒーなど物価も値上がりしていて昨年秋以来の経済危機状況からの改革状態を実感してきました。

なかなか面白いものもあって興味深いものをいくつか紹介。

まず、とうとう出た、生絞りオレンジジュースの自販機!
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ちょっとごついが中にはオレンジがたくさん入っていてその場で搾ってくれるようです。1杯1.50ユーロ。幸いなことに誰かが忘れて行ったおつり10セントがデポジットされていてラッキーと思い試飲みることにしました。コインを入れてボタンを押すとオレンジが転がってきて見えない所で、ムギュー、っとしてくれています。たぶんオレンジ3個くらいを使ってフツーの180ccくらいのプラスチックのコップで左下の出口からとりだします。味はバールで飲むのと変わらないけど値段は安上がりと言えます(量は少し少なめか?)。
ポルタ・ガリバルディ駅の地下通路に設置されていました。

つぎ、ミラノ郊外バッジョに行った時のこと。
旅行代理店の窓に日本の観光ポスターを発見。
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COOL JAPANと言えど夏は暑いぞ。 外国で日本がどのように紹介されているかを見る機会はおおくないが、もしイタリア人が日本でイタリアを紹介するポスターをみたらきっと現実生活と観光イメージのギャップに苦笑するだろう、日本人以上に。。。
ちなみに、その左に見える全裸男性が滝に構えるのはノルウェーのポスターです。

最後、今回タイミングよくミラノを訪れたのはサッカーユーロ2012の準決勝イタリア対ドイツ戦の日。その晩は友達とジェラートを市内で食べていたのだが、帰る頃にイタリアの勝利で試合終了。町の中は大騒ぎ〜。
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たまたまカメラをもっていたのでブエノスアイレス通りにて撮影。クリックすると映像が見られます。のってきたトラムは先に進めなくなったのでここで降りたのですが、青信号で道を横断しようとしたら危うくバイクにぶつかりそうになりました。もう経験したので二度とゴメンです(-_-メ)

久しぶりにミラノの茹だるような暑さと、サッカーフィーバーの喧噪も聞いたのでイタリアに居る感を感じました。
by shinop_milano | 2012-07-08 23:16 | 篠崎バイオリン工房

2012イタリア出張ーミラノ編1

久しぶりのブログ更新になってしまいました。

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6月27日から7月6日まで実質一週間ほどイタリアに出張に行ってきました。
今回はミラノから入って、クレモナ、モデナ、南チロルまで付き合いのある業者、メーカ、友人を訪ねてきました。久しぶりのイタリアですがいろいろなことがありました、ほんと。


まず、ミラノ到着。マルペンサ空港で預けの荷物をまっているといつまでたってもやって来ない。ロストバゲージです。
今回は中国国際航空で北京経由の便でしたが成田からの出発が遅れたためトランジットの時間が1時間弱。荷物が届かなかったのです。やれやれ、と思いロストバゲージのカウンターに行くとまえに7、8人の中国人集団が僕より先に着きました。これが悲劇の始まり・・・

19時過ぎのカウンターには女性の担当員が一人のみ。そのときはドイツ人らしい初老の夫婦を相手に15分くらい格闘していました。渋々ドイツ人夫婦は怒りながら出てゆくと中国人たちの番になりました。中国人たちはおもに子連れの女性で妙に陽気。手荷物のタグを見ると温州航空という名前が見える。どうもこの人たちはミラノでも多くいる温州からの出稼ぎの人たちらしい。

彼らの対応が始まるとまったく会話になりません。話がまとまらず、彼らの中の一人中年男性と小学生くらいの子供が片言のイタリア語を話すくらいです。そうです、出稼ぎ中国人のおばちゃんたちははイタリア語、英語が喋れないのです。しかも驚くことに、滞在許可証(正しくはそれを申請中の半券)を持っているのに自分の住所が言えない!!書いたメモもない!
ということで、各自の届かない荷物の確認とそれがどんな形状で、どこに届いたらどこに送るかなどで会話がなかなか進みません。しかも、それぞれが居住場所が違うことがわかりミラノ、プラート、レッジョエミーリアなど中国人が多く住む街でまとめていっぺんに対応という訳には行かなかったのです。ほぼ確実なのは、この人たちはなんかブローカーでも頼ってイタリアに稼ぎにやってきたのかなぁ、ということです。対応するカウンターのおばちゃんも、ああうんざり、という表情です。自分の番を待っている間、中国人の子供たちはカウンターまえではしゃぐし散々でした。

結局到着から2時間、ようやく自分の番が来て明日届く僕のスーツケースをホテルに届けてもらうということにしてホテルに向いました。ホテルに付いたら23時過ぎでした。着替えも全部スーツケースに入っていたので明日の着替えがありません。早速着ていた服を洗濯して明日に備えることにしました。結局スーツケースが届いたのは翌々日で着替えの調達を余儀なくされました。加入していた海外旅行保険には到着荷物遅延の項目にはチェックしたはずが付いておらずどうも請求できそうにありません。ああ、なんてこった。

こんんわけで、とほほな状況からの出発でした。いやはや。
by shinop_milano | 2012-07-07 22:00 | 篠崎バイオリン工房

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


by shinop
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