ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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トレントのアモリーノ

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モデナに帰る途中、トレントに引っ越したルカ・プリモンを訪ねた。プリモンにはミラノの弦楽器製作学校で指導を受けたのだが今は故郷のトレントに引っ越してヴァイオリン製作活動に集中している。しばらくゆっくり話していなかったので立ち寄りたい旨を伝えると快く泊まっていいよ、ということでもてなしてくれることになった。僕がお邪魔した日は奥さんが一日いなくて2人の子供たち面倒を見なくてはいけないからということで仕事もできずちょうど良い暇の相手になったようだ。
着いてみるとプリモンは「急に今夜は奥さんが遅くに友達を連れて帰ってくることになったから申し訳ないけどホテルを取っておいたからそっちで寝てくれる?」といって今夜の宿のことを説明した。そんなつもりではなかったのだが、なんというか、厚くもてなしてくれて恐縮である。彼とは最近の話などをしつつ彼の新しいまだ改装中の工房、最近の楽器や作りかけの楽器などを見せてもらったりした。相変わらず実直な性格なので工房の準備も完璧である。
夕食は彼が料理するのを手伝いながらお子さんたちと一緒に頂いた。彼の得意メニューは夏のヴァカンス中に覚えるサルデーニャ料理でとてもおいしい(実は何度も頂いているのだ)。明日は午前中に市内を観光して午後に街を出発する、と話すと、じゃあ、といって午前中市内観光につきあってくれることになった。トレントに降りるのは初めてなので心強い。

次の日、10時にドゥオモ広場で待ち合わせるとぶらっと出発。まずは反宗教改革で有名なトレント公会議の行われたサンタ・マリア・マジョーレ教会に向うと彼の友人の女性にばったり出くわす。15分話がはずみくらいじゃあと別れると、また偶然に別のプリモンの友人の夫婦に出くわす。どうもプリモンは地元でも人脈が広いらしい。その旦那さん(アントニオ)は音楽に造詣が深いらしく僕が「トレント出身の有名な音楽家は誰ですか?」と質問するとすかさず「フランチェスコ・アントニオ・ボンポルティ、彼の家はあそこの広場を左に曲がって・・・」と答えてきた。なかなかの音楽家と見た。普通住んでいてもボンポルティの名前はすぐに出ないよなぁ、きっと。

そんな中で話しているうちに楽器の話になり町中の壁に書いてあるフレスコのイコノグラフィ(図像)の話題が出たとき僕が「ああ、ドゥオモ広場にもヴァイオリンを持ったアモリーノ(キューピッド)の絵がありますよね、あれはどういったものでしょうか?」と質問すると、プリモンもアントニオさんも真顔になって「そんなのがあったっけ?見たことが無いぞ。」という。それは朝待ち合わせの前に街を散策して見つけたのだ。ハーディ・ガーディ弾きの大きなフレスコはだれの目にも明らかで彼らも知っていたがヴァイオリンは知らなかったらしい。「本当かどうか見に行こう!」ということで急遽案内役が交代になった。ちなみにこの手のイコノグラフィは楽器の歴史を考察する上でたいへん重要である。いつヴァイオリンが生まれたか、どういう変化の過程を経たのかなど歴史的資料なのだ。逆にいうと楽器の形状をみるとだいたいいつ頃に書かれたのかもわかる。
ドゥオも広場に戻って説明すると「ああ、本当だ」ということで地元の通なトレント人にも明らかになった。で、これがその「トレントのアモリーノ」。
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3人のうち一人はヴァイオリンらしい楽器を弾き、もう一人はコルネットを吹き、あと一人は楽譜をもっている。この様子からだいたい1600年代前半のデザインだと予想できる。

ともあれこんな感じだったのだが僕にもプリモンにもお互いに取ってよい再会だったのではないかと勝手に思っている。
by shinop_milano | 2010-02-24 07:13 | 雑記

ボルツァーノにて

撮影した写真をいくつか紹介。

まずはDuomo脇のワルテル広場。そこに立つのはミンネゼンガー(吟遊詩人)、ワルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ(c. 1170-1230)の像。お仕事に使うフィドルを携えているが時代考証的にはちょっと違う気がする。
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Duomoの中。外からは想像できない厳格なゴシック様式。凛とした感じがすばらしい。
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市場の出ている広場で白ソーセージの屋台を発見。数年前にミュンヘンで味わった甘いマスタードソースもあった!おばちゃんに頼むとその場で蒸してくれた。ブレッツェルと一緒にほおばる。3.50ユーロ也
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だいたいどの街にも一カ所はある日時計のかかっている建物。このように凝ったデザインのフレスコ付きはイタリアではあまり見かけない。
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駅にてイタリア国鉄の州内を走るディーゼル式列車Musettoのトレンティーノ=アルト・アディジェ州デザイン車両を発見。この赤い塗装の車体は「シャア専用」をイメージさせる。「彗星」のようなサインもあるし・・・。この他にももう一種類黄緑色のデザインのものもあるがこのような独自デザインはロンバルディアやエミーリア・ロマーニャでは見かけたことが無い。さすがは自治州。
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by shinop_milano | 2010-02-23 22:00 | 雑記

Bolzanoでボーゼン

南チロルへの出発の前々日、モデナ駅で切符を買おうと窓口に行くと「金曜日はショーペロ(ストライキ)があるよ。今は買わない方がいいよ。」と言われた。
ガ━━(゚Д゚;)━━ン!調べてみたら金曜日は10〜14時までのストライキ実施でその後は運行すると言う。なんとか行けそうだ。しかし、目的地に行くにはその14時にはボルツァーノからの電車にのらなくては行けない。駅で待つことを覚悟で小雨が降る中を朝5.30に家を出た。

イタリア・ヴェローナ方面からブレンナー峠を越える鉄道は幹線である。意外と列車動いているのでは?と淡い期待を胸に10:30にボルツァーノについたがほとんどは運休となっていて止むなく14:00の列車を待つのを余儀なくされた。ああ、ボーゼン。野暮な説明を加えておくとボルツァーノは戦後イタリア領に戻るまではオーストリア領でドイツ語ではボーゼンBozenと呼ばれる。

駅で黙って待っていてもしょうがないので駅を出て町中を歩いてみた。元々この街はドイツ語圏だから建物の様式もドイツ的だ。例えば駅から歩いて3分のところにあるDuomoはこんな感じで建築センスはイタリア的ではない。
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町中にはフレスコが描いてある家も多く、また家々のクラッシックな建築様式はかつてハプスブルク帝国の領土だったことを感じさせる。場所によってはイタリア語の前にドイツ語で書いてある。基本的には二カ国語併記である。駅に書いてあったがここは19世紀末にはオーストリアのヴァカンス行楽地として開発されたらしく当時は文化人、富裕層の来客で賑わったらしい。クリムト、マーラー、フロイトにオーストリア皇太子も来たらしい。その証拠に開業160年目のボルツァーノ駅のファサードは当時ユーゲントシュティールにデコられこんな感じです。
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街にロープウェーが作られ近くの温泉保養地メラーノMeranoにも列車で行ける。なるほど、ドイツ、オーストリア人が手っ取り早くイタリアを満喫したければイタリアへの入り口は開発される訳だ。今でもそのようで結構ドイツ人観光客がいました。街の中心はモデナよりも賑やか。

結局、奇跡的に運行してきた13:20の列車は30分遅れの表示の後途中で運行キャンセル(列車を待っていた人のたちの声は荒い)、14:00当駅発の電車は(何となく空気を読んで感じていたが)出ず、結局15:00まで約4時間半待たされたのでした。
by shinop_milano | 2010-02-22 20:56 | 雑記

南チロルTonewood Bachmannに行く

この週末は南チロルで楽器用材木を製材、販売しているBachmann Tonewoodを訪ねに行きました。彼は南チロルのAntholzという谷で活動をしているのですが山で丸太を切り製材し販売し自らもギターを作ります。丁度いま今年の冬に切り倒した丸太を製材しているところでそれを見にまた彼にいろいろ話をききに行ったのです。

今回は現地に向う日に鉄道のストライキがありたいへんだったのだけどそれはまた別の機会に書くとしまして、Bachmannの製材所でまず見せてもらったのは今年切ったスプルースの丸太です。道の反対側にまだ順番を待っている丸太が積んであるのです、こんな感じに。
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この丸太は木の下の方の「節」(枝といおうか)がなくいちばん良い部分のところだけです。だから楽器用のスプルース材木は木のいちばんよいところを使うことになります。
この丸太の状態からいわゆる「クォーター・カット」に切り板状にします。クォーター・カットとは幹の中心から正目に断面が三角形になるような切り方です。
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そしてその後に一つの楽器の長さに切って樹皮をの部分を取るとこんな感じでヴァイオリン用の表板の材料になります(我々はこれを2つに割って使います)。
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これらの木材はこの後にシーズニング(乾燥)の為に数ヶ月倉庫で保管してから製作者の手に渡ります。もっとも我々が手に入れてから少なくとも3〜5年はさらにシーズニングさせます。なのでこれらの材木が使われるのはまだ数年先になる訳です。
上記の写真の材木は樹皮側の色がちょっと濃いのがわかると思います。これは木の水分がまだ凍っているのです。さわるとアイスのように冷たい。11〜12月にかけて切った木を冬に間に製材しておくとのことです。だからいま製材は朝から晩まで行っているとのことです、雪が降っていても。大変な作業だと思いました。

南チロルAntholzにあるGuitars&Tonewood Bachmannのサイトはこちらです。いろいろな写真があり興味深いです。 
by shinop_milano | 2010-02-20 20:00 | 楽器製作

Martedì grasso マルテディ・グラッソ

明日「灰の水曜日」から復活祭まではカトリックでは四旬節の断食習慣の始まりでその前までに肉ものを十分食べておけというのが謝肉祭Carnevale。その最後の火曜日がMartedì grasso。フランス語ではMardì gras(マルディ・グラ)。文字通り「脂っこい火曜日」あるいは今風にいうなら「こってり火曜日」か?ということで今日はコテッキーノでも食べようかというのがモデネーゼなのかもしれないが夕食は軽く済ませます。

アメリカ南部(ミシシッピ周辺、ニューオーリンズとか)ではMardì grasの名前でお祭りのようです(詳しくは知らないけど)。そしてこの曲を思い出す。
by shinop_milano | 2010-02-16 20:00 | 雑記

パガニーニの墓とズガラボット家の墓

久しぶりにあまり予定の無い日曜日、天気もよかったのでパルマのIKEAに買い物に出掛けるとともにもう一件、パルマで以前から行ってみたいところに行くことにした、パガニーニとズガラボットの墓である。

ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、ニコロ・パガニーニは1784年に生まれ1840年に死んだがすぐには埋葬されなかった。というのは生前の「悪魔に魂を売って超絶技巧を手にした」と言う噂だとか教会に寄付もせず享楽的な生活を送っていたからだとか言われている。が、本当なところは僕もよく知らない。しかし、少なくともこの事実からはカトリック的には事実上「破門」されていたと見て取れる。そんな訳でしばらく埋葬されずにいたのだがそれから56年、1896年に息子のアキーレが父親の墓を認めてくれる場所をパルマに見つけてここにお墓を作った。どうも生前パルマの大公から騎士の称号をもらっていたのが幸いしたらしい。ちなみに、ニコロ・パガニーニはジェノヴァの生まれである。
そしてもう一つ、パガニーニの墓の隣で眠っているのはヴァイオリン屋にとっては有名人である。僕ら業界の歴史的大先生と言おうか、ガエタノ&ピエトロ・ズガラボットSgarabottoの墓である。ズガラボット親子は1926年にミラノからパルマに引っ越してきた。この時パルマ音楽院は音楽院内にヴァイオリン製作コースを開校するプログラムがありその教師として呼ばれたのが父親のガエタノである。イタリア初のヴァイオリン製作学校はファシズム体制の国威高揚政策の元でスタートした。しかし約10年後、1937年にクレモナに国立のヴァイオリン製作学校を作る為に政治的な都合上パルマの製作学校は廃止される。今に続くパルマの製作学校が復活するのは後年であるが、1959年ガエタノは死んで息子のピエトロはクレモナの製作学校の教師に着任しミラノのジュゼッペ・オルナーティらとともに教壇に登る。1973年退職し楽器製作をパルマで続け1990年にこの世を去る。

ということでヴァイオリンの発展に寄与した演奏家と製作家の墓を見てみよう。
2つのお墓はこのように並んでいます。右奥にあるのがズガラボット家の墓です
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まずこちらがパガニーニの墓。
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胸像は予想以上に安っぽく見えるかな?でも、偉人に相応の屋根付き囲い付きはその名にふさわしいか。
そして、ズガラボット家の墓。
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一般的な墓標だが一目見て、ヴァイオリン作っていたんだぁ、とわかるデザインです。パガニーニのところに墓参来たヴァイオリニストに死んでからも広告をだしたかったのかなぁ。。。死んでからも成功するにはここまでしなきゃあかんのか。恐るべし、ズガラボット。

アクセス情報:
これらのお墓のあるパルマのVilletta墓地へは駅近くから出発する市バス1番に乗り12分くらい、墓地前の停留所で降り墓地の管理人さんに聞くとどこにあるか教えてくれます。
by shinop_milano | 2010-02-14 22:00 | 楽器製作

Testo romagnolo

先日、雪の降る聖ジェミニアーノ日に買ったもの、テスト・ロマニョーロ。平底の鉄板。辞書で調べたらtestoというのは、パイなんかを焼く浅鍋、という意味もある、らしい。だから”ロマーニャ地方の浅鍋”とでもいうのかな、商品名としては。
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遡ること二週間前の日曜日、この日は聖アントニオの日で縁日が出ていた。ここで実演販売を見かけてとうとう買ってしまいました。ありがちな商品だが説明すると、表面はテフロンで熱く加工されていて焦げ付かず、油をしかなくても肉、野菜、チーズ、卵をグリルできる。しかも焦げた臭いが出ない。付属の網と耐熱ガラスのフタを使えば蒸し物もpizzaやけてクレープも焼けるという優れものだ。おまけに取っ手は取り外し可能で収納には場所を取らない。
実演販売で上手に野菜や肉のグリルを焼いているところを見かけてしまったのが運のつき、これならお好み焼きも焼ける!なんて思ってしまった。そんなわけで30ゆーろで購入です。
で、とりあえずズッキーニ、パンチェッタなどを買ってきて焼きパニーノ(サンドイッチ)なんかを作ってみました。意外に熱の周りが早くガスですぐに温まり、フタをすればパンを暖めるのも十分使える(オーブンで温めるより効率的だろう)。
次はクレープかお好みやきに挑戦だ!
by shinop_milano | 2010-02-05 20:00 | モデナ生活

宮地楽器さんにてヴィオラを2台展示中

ちょっと前からですが私が製作したヴィオラを2台を東京・武蔵小金井の宮地楽器さんで展示して頂いています。

今回店頭に置かせてもらっている一つは以前にも作ったミラノの製作家G.オルナーティのモデルより、もう一つは18世紀にパルマ、ミラノ、トリノなどで製作をしていたG.B.グァダニーニのモデルです。
前者は本体412mmのやや大きめのモデルですが、グァダニーニモデルのヴィオラは本体397.5mmで小型ですが弦長はしっかり370mm取れるように設計しています。ですので、この大きさの楽器にしてはふくよかに鳴ってくれているかなと思っています。そしてこの条件だと駒の位置が演奏者の近くになるのでヴァイオリンも弾く方は持ち替えの時に弓の運動に大きな違和感無く演奏できるものかとおもいます。いわば、「ヴァイオリン弾き用のヴィオラ」を想定して作りました。

こちらがオルナーティモデル
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こちらがG. B. グァダニーニモデル
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ご興味にある方はどうぞ宮地楽器さんにて試奏して頂ければ幸いです。ご丁寧にも宮地楽器さんが私と楽器の紹介ページを用意して下さいました。詳しくはこちらをご覧下さい。
by shinop_milano | 2010-02-01 22:00 | 楽器製作

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


by shinop
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