ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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カテゴリ:雑記( 57 )

つきのわ音楽サークル 海の日の音楽会

地域の音楽会のお知らせです。

昨年12月に地域の方のコミュニケーション促進と音楽に親しめる機会を、いうことでつきのわ音楽サークルというのを立ち上げました。
この度第2回コンサートということで我が家の菩提寺である滑川町 月輪の福正寺で 住職のご好意により本堂をお借りして企画しました。演奏は同じ比企郡小川町にお住まいのフルート奏者、福島 明佳(さやか)によるフルート独奏が中心のプログラムです。

近隣、遠方からの方も大歓迎です。どうぞいらしてください。
つきのわ音楽サークルのwebサイト

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by shinop_milano | 2013-07-08 19:06 | 雑記

さらば、イタリア記念旅行(5)〜アレッツォ

ローマの方からモデナに帰る途中、どこぞに寄れないかなと思って立ち寄ったのがトスカーナ州の街、アレッツォ。8月にフリニャーニ工房で一緒に仕事をしていたアネッテがこの街に行ったのをきいて前から考えていたのだけど結局立ち寄ることにしました。
一般的にはあまり知られていないけど通好みなものがこの街には満載。で、そんなところをいくつか紹介。

まずは、西洋音楽を勉強した人なら全員がお世話になっているこのひと。
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グィード・ディ・モナコまたの名をグィード・ダレッツォ(Guido d'Arezzo,995ごろ~1050)。有名な”グィードの手”を使ってドレミファ唱法を考案したお方。この人のお陰で教会での歌唱教育は劇的にすすんだそうな。駅を降りてからまっすぐ歩くと彼の像が建って観光客をもてなしてくれる。ドゥオーモの近くには彼の暮らしていたという家にプレート(写真下)がかかっている(けど、あまり彼の様子は詳しく伝わっていないので本当かどうか怪しいとおもう)。どちらも彼を讃える「音階」がデザインされている。
ともかく、今我々が「ドレミファソラシド」と歌えるのは彼のお陰。もし、彼がいなかったら「ハラホロヒレハレ」と音階を歌っていたかも知れない・・・(注:正しく言うと彼の頃には「ド」は「ド」ではなく、「シ」は無かった。詳しくは専門書にゆずります。)
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一般的にアレッツォでもっと有名なのはここ。聖フランチェスコ聖堂、なかにルネッサンスの画家ピエロ・デッラ・フランチェスカの代表作「聖十字架伝説」のフレスコ画がある(ここは写真撮影禁止だったので、右下の写真はドォーモにある別のフレスコ画を掲載)。彼のあだ名のデッラ・フランチェスカはこの聖堂に由来する。彼はアレッツォの近くサンセポルクロという町出身だが周辺に彼の作品が結構残っているのでピエロ・ファンはキャンティー・ワインをの試飲とあわせて巡礼にやってくるようです。ピエロの絵は幾何学的で構図の取り方の妙が面白い。数学の著書も残しているくらいだから相当の博識だったと思われる。
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つづいて、街の中心グランデ広場はこの街出身のジョルジョ・ヴァザーリの設計。彼は彼自身の作品よりもルネッサンスの芸術家の評伝を綴った『芸術家列伝』の著書で知られるがここはその数少ない彼の有名な作品のひとつ。シエナのカンポ広場に似ているがここではGiostra del Saracino(サラセン人の馬上槍大会)という街の地域対抗、馬上槍突き大会が年に一度開催される。どうも、トスカーナの人たちはこういったものが好きなようだ。
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この街はアカデミー賞も獲得したロベルト・ベニーニ監督の『ライフ・イズ・ビューティフル』の舞台の街。街のロケ地にはこのようなポスターが立っていて映画のシーンを彷彿させる(じつは僕はこの映画をまだ見ていない・・・)。
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ともあれ、街から丘を見晴らせる公園に行くともうマロニエの葉は色づいていて秋の訪れを感じました(これを書いている一ヶ月前だけど・・・・-_-;)。こうして、こうしてイタリア最後の一週間をすごしにモデナに戻ったのでした。
by shinop_milano | 2010-10-21 15:01 | 雑記

さらば、イタリア記念旅行(4)〜ティヴォリ・アドリアヌス帝の別荘

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ティヴォリのもう一つの世界遺産になっているアドリアヌス帝の別荘Villa Adrianoはローマ皇帝アドリアヌス帝が建築を始めたというから2世紀半ばあたりから造営され世紀をまたいでローマ皇帝に使われていたらしい(詳しい説明はガイドにゆずります)。ゲルマン民族の移動の頃より(他の遺跡のたぶんに漏れず)ローマの街は破壊と略奪、建築材の再利用の憂き目に遭い早い時代から廃墟になっていったらしいが、それでもエステ荘が造営中の頃でも十分発掘、研究そして再利用ができるほど遺構は残っていたらしい。

ここには初めて来たのだが最初に思ったこと、とにかく広い。
まず入り口からは一切の遺構は見えずただただオリーブの木が立ち広がっている。入り口から歩くこと5分、何か見えてきた。名所スポットを何カ所か紹介。

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ここはストア・ポイキレ(彩色回廊)の壁。かつてはこの壁の反対側にある池を囲んだギリシャ哲学ストア派の授業を行っていた長〜い色彩回廊というのを模した大きな建物だったようだが今はこの壁と方形の池が残るのみ。

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そして大浴場跡。ポンペイの遺跡にも見られる公衆浴場跡。他にも小浴場跡があるがいずれもドーム状の天井のあとがりローマ人の建築技術の高さが伺い知れる。

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マッティーノ劇場跡は水に囲まれた円形の舞台に建物が建てられていている。ここでどんな演劇を行っていたのか想像は難しいが、中世イタリアで興ったルネッサンス精神はギリシャ芸術の再現回帰が根底にあるとされる、のを考えるとヴィチェンツァにあるパッラーディオによるオリンピコ劇場の舞台と何となく重なって見えおもしろい。

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ここの白眉カノープスはアドリアヌス帝がエジプトの町カノープスを訪れた時の印象から作られたらしい。絵になる中央のペルセウス像は発掘のとき池の中から見つかったらしいが今置いてあるのはコピー。オリジナルは隣の博物館にあります。

以上のスポットはどこも「水」の風景の感じ取れるところでエステ荘もふくめて景色の水との調和が取れています。ギリシャ>ローマ>ルネッサンスとつづくイタリア半島の調和美の流れが感じられ、わざわざ来てよかった、感じるところです。
今ではすっかり有名になってしまったチェリスト溝口肇を初めて聞いたのは86年の2ndアルバム『水の中のオアシス』にふくまれる「ゲルニカ」をこのカノープスを映したBGMとしてで、以来溝口肇の初期のニューエイジ・アルバムを聴きながら作業に励むのは僕の日課になっています。
by shinop_milano | 2010-10-20 02:08 | 雑記

さらば、イタリア記念旅行(3)〜ティヴォリ・エステ荘

13年前、初めてイタリアを旅行したとき訪ねて、是非もう一度と思いながら訪ねたのがティヴォリのエステ荘Villa d'Este。ティヴォリはローマの東、平野から最初にみえる丘の上にある。古代よりローマ皇帝、貴族の別荘地で現在はローマのベッドタウン化の様相を見せているが、それでも鉱泉があったり世界遺産が2カ所もあったりと観光地としても有名だ。
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そのうちの一つ、エステ荘は後期ルネッサンス〜初期バロックの技術の粋をつくした噴水庭園で知られている。その名のとおり1500年代半ばにエステ家出身の枢機卿イッポリートが造営を始め数十年の歳月をかけて作り上げたお屋敷+庭園である。そんなわけで数ヶ月ではあるけれどもモデナに住んでいたのは何となく「縁」を感じる。ピアノ弾きのスランツ・リストの『エステ荘の噴水』はここの噴水をイメージしての作曲である。
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二回目に訪ねて最初に思ったこと、こんなに広かったっけ?
当時は庭園だけをとにかく見たくて初めてのヨーロッパ旅行、夏の暑い中、ローマからイタリア語もわからずバスでやってきたので庭しか目に無かったが、屋敷も広く美しい各部屋に施されたフレスコ画は緻密ですばらしい。エステ家は1400年代にフェラーラ公爵に就いたエルコーレ1世のころから次のイザベラ、モデナに移って最初のフランチェスコ1世など芸術の大パトロンであった。ここもその一面を見て取れるが趣味の良さがあり「品」がある。詳しくはガイドにゆずるが、この屋敷と庭園はルネッサンスの科学と技(芸)術の極みとも言える”不思議の庭園Giardino di Meraviglia"である、といいたい。
まずはそんな、庭園の噴水の紹介。
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左上からここで一番大きい「オルガンの噴水」。オルガンの演奏に合わせて噴水が”踊る”代物。最近修復されていまはオルガンが鳴るそうだが最初に訪れた時は修復前だった。ちなみにティヴォリの旧市街は尾道のような坂道小道の庶民街でこんな庭園のすぐ後ろには普通の民家の洗濯物が見える。
その下が「楕円の噴水」。個人的にはこれが庭園の中で一番エレガントだと思っている。一部修復中で(上がってみたかった)上のバルコニーには現在上がれない。
右上は「百の噴水」。130mほどの小径に噴水がず〜と並んでいる。これは結構面白くその下にあるようにひょうきんな顔した動物(?)の口から水が噴き出している。以前来た時は水の出方がまばらだったが今は結構安定して水が出ている。
庭に並ぶ植物・樹木は一種の植物園を様相を呈していて珍しい植木も並んでいる。もっとも400年も昔からこうではなかったろうがそれでも糸杉、松などの大きな樹木は当時からあったのでは、と思わせる。そんな中でユズの木を発見、なんとたわわに実がなっている。拾ってみるとユズというより香りはオレンジに近い。交配してこうなったのかこの時期に色づくのだから亜種かもしれない。早朝訪れたのであまり人もいなかったのでこっそり2つほど落ちている実をお土産に持って帰ることにしました(秘)。
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最初は2時間くらいで街をぶらっとして次のグレゴリウス帝の別荘に行くつもりだったが気づいたら3時間もここにいてしまった。時間が許せば屋敷の中ももっとゆっくり見て回りたかったが今回はその跡にアドリアヌス帝の別荘も行く予定だったので後ろ髪を引かれつつエステ荘を跡にしました。

ここを初めに知ったのは高校生の時。当時から、そして今も大ファンである歌手、河合その子(もう引退しているが)がニューエイジ(特にNARADAレーベルというところから出ているとても趣味のよい音楽)のBGMにあせてこの庭を歩く深夜番組があって、実はまあ一種の「聖地巡礼」的にまたここにやってきたのです。最初にこの街に降りた時から懐かしさと当時の気持ちを取り戻したような気持ちです。13年前とちょっと街も変わっていたけど前よりいろいろなものが見えた今回は少し大人になったかな、とおもったりして。もう少し時間が経って自分を確認したいときにもう一回来たいところです。

最後に、ティヴォリの旧市街を夜歩いた時の写真。
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街の展望台、ガリバルディ広場からはローマの方がよく眺められます。夕方、丁度ローマを望む地平線に大きな太陽が地平線に沈むのに出くわしました。陽が沈み切ると一瞬のトワイライトを目にすることができました。写真/動画でお伝えできないのが残念。
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ここにはまだローマの廃墟感が残っています。ここに今住む人はどう思うかわからないけどここの通りはこのままにしておいてほしいなぁ。
by shinop_milano | 2010-09-27 20:40 | 雑記

さらば、イタリア記念旅行(2)〜ペスカーラ&スルモーナ

サン・ベネデットを朝早く出発し今日はペスカーラ、スルモーナ経由でアブルッツォを横断しティヴォリに向う。
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ペスカーラでは乗り換えのためおよそ1時間半あるので駅をでて海に向った。
ペスカーラ中央駅(意外に大きくモダンな駅だった)を降り一直線に歩いてゆくとすぐ海岸に出る大通りへヤシの木が並び観光地化された目抜き通りを300mほどあるくと1面に海の見える公園に。これなら浜辺に行くのも楽でいいや。久しぶりに行楽晴れ男ぶりを発揮した今日は海岸沿いに歩いてみることにした。
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9月最後の日曜日を終えた今日はどのビーチハウスもほとんど休業。海岸沿いの道を歩いていると海小屋の解体を手伝っているモロッコ人にあった。「この仕事が終わったら国に帰るんだ。家族もいるしね。」僕もそうだよ、と答えると手を振って別れた。何となく今日は決定的に夏の終わりの感じである。心象はこんな感じかな
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ペスカーラからラツィオ州にあるローマ近郊のティヴォリに列車で向うにはアブルッツォを横断するが途中昼休みと乗り換えを兼ねてスルモーナSulmonaで下車することにした。この街についてなにも知識を持ち合わせていなかったがペスカーラの観光案内所で「花の形につくったコンフェッティが有名よ」と教えてもらった。ペスカーラから列車で1時間、結構な坂を上りスルモーナに着くと駅前には何も無い。聞くと街までは約1.5kmあると言う、ちょっと驚き。約2時間半列車待ちの間に待ちに行って食事をできるかなと思っていたらタイミングよくバスがやってきて街の中心に向った。
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ここは交通の要衝だったようで、結構歴史を感じる。ここから列車ではラクイラ、ペスカーラ、ローマ、ナポリに向う線路が延びている。しかし、実際は長距離バスを使って移動の方が便が多い。広場に建つアーチは何だったのか興味をそそるがあまり時間がないので食べるところを探す。幸い見つけたB&B経営のレストランではイノシシの肉を使ったトマトソースのパッパルデッレを食す。
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デリケートな味がすると思ったらミシュランのステッカーが張ってあるぞ〜。でも、プリモとデザートと水とカフェで15ユーロ。時間があったセコンドに行きたかった・・・
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食事を終えて駅に向う途中話に聞いていた造花コンフェッティを売る土産物屋の前をとおる。コンフェッティはイタリアでお祝いの時などにふるまうアーモンドを砂糖で包んだお菓子だ。同居人のカテリーナへお土産に買って帰ることにして駅に向うがバスがなかなかやってこない。仕方なく来た道約1.5kmを早足に歩いてもどった。なんとか列車に間に合い汗を拭いながらティヴォリに向う。
しかし、いい感じの田舎町であった。まず普通の日本人は来ないし落ち着いている。もし機会があったらゆっくり来てみたいけどそんなことは出来るかなぁ・・・
by shinop_milano | 2010-09-27 09:27 | 雑記

さらば、イタリア記念旅行(1)〜サン・ベネデット・デル・トロント

イタリア最後、ほんとはもっと余裕のある時に出かけたかったが、ということでイタリア中部の方に行ってきました。モデナから出発しマルケ州、アブルッツォ州を通ってローマの郊外ティヴォリに、そしてトスカーナの小都市アレッツォを訪ねモデナに戻る列車旅行の4日間です。
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まずはモデナを日曜の朝に出発し最初の目的地サン・ベネデット・デル・トロントSan Benedetto del Trontoへ。いわゆるリミニあたりから南にアドリア海沿いにあるヴァカンス海岸の中の小さな街ですが出発前にこの街の情報を目にしたので立ち寄ることにしました。この近辺では凝灰岩(だったかな?)がたくさんあり波止場にたくさんならべてそれを使って夏に彫刻実演フェスタをやっていたそうです。もう10年も続いているようで日本人も何人か参加していてその記事を読んだのがここを訪れるきっかけになりました(ふとした思いつきだったのだけど)。
ヨットハーバーから300mくらい続く波止場の道を歩いてみるとこんな感じでたくさんの彫刻が並んでいます。
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中には、やっちゃった、と思わせるものもセンスの光るものもありありました。中でも一番やっちゃったのが(コンペの作品ではないようだけど)これ。タイトルは「生命の泉」。
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脇にあるボタンを押すとおっぱいから水が飛び出すという代物。ちょっと芸術性に欠けるけど、おもわず浪越徳二郎さんを思い出してしまった。♪押せば命の泉わく〜

あまり考えもせずに出発したので宿は現地についてからB&Bを探しこの地で1泊(ほんとはペスカーラまで行くつもりだったのだけど電車が遅れたので行けなかったのさ)。泊まる部屋に荷物を降ろし出かけるとビーチはもう夕暮れ。9月最後の日曜日だったけど天気がよくちょっと温かかったので日中は結構人がいたけどもうこの時間はほとんど人もいない。ふと中(小?)学生の時に聞いた高中正義の『渚・モデラート』の流れるCMを思い出し思わず口笛で吹いてみたりしました。
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ああ、これだよこの曲のイメージって。
宿で教えてもらったトラットリアに行ってみると休みで何件か食べられるところ歩き回ったけどめぼしいところが無くもう一度海岸に出てみると海上に奇麗な月が出ていました。
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海無し埼玉県出身の僕には海に移る月明かりというのはなんとも異空間です。近くの切り売りピザ屋でピザを買ってきてしばらく潮風に当たりながら食べました。
by shinop_milano | 2010-09-26 22:00 | 雑記

今敏監督の死を悼む

アニメ監督の今敏氏が亡くなった。享年46歳、若すぎる。今年5月に末期の膵臓がんで余命宣告を受け8月の24日に他界した。残念だ。
代表作は『東京ゴッドファーザーズ』、『千年女優』、『パプリカ』など。一時期ネットで知り合った友達の間で話題になり彼の作品をみた。彼の経歴とか作風のくわしくはこちらとかこちらを読んで頂くとして僕が端的にその好きなところを述べれば夢と現実、時間と空間が交錯した映像のテクニック(これをもってフラクタル的というのかもしれない)、ストーリーやセリフのはしばしがよく練られていてちょっと演劇的なところ、かな。個人的には『千年女優』はとても感動した作品だ。『パプリカ』のように現実と夢の交錯を描いたアニメは僕にとっては小学生の頃に見た押井守の『うる星やるら2ビューティフルドリーマー』をはじめに見る度に現実逃避、というか不思議な世界に誘いつつ最後は現実に戻されて明日からまた現実の世界でがんばろうなどとも思わされてしまう。ともかく、かれの個性的な映像世界は面白かった。
彼のブログは死の直前まで書かれていて最後の挨拶は涙を誘うとともに人間の生死のありようをアニメ作品の世界ではなくもっとリアルところで見せられた気がする。手がけていた作品があったとのことだけど彼の新作が見られないのは残念です。ご冥福をお祈りします。合掌
by shinop_milano | 2010-08-31 22:00 | 雑記

ドッビアーコ/トプラッハのマーラー作曲小屋を訪ねる

アルトゥーロ・トスカニーニ続き偉大な指揮者の足跡第二弾、グスタフ・マーラー。
冬に訪れた南チロルの材木屋Bachmannの訪問に先立って、すぐ近くにあるドッビアーコ(ドイツ語名ではトプラッハ)にあるマーラーの夏の作曲小屋を訪ねた。ここで彼は後期の交響曲『大地の歌』、第九番、第十番を作曲している。今回はイタリアに遊びにきた音楽学者の広瀬大介氏とその奥様と一緒の旅程である。
ドッビアーコについてすぐ詳しい場所を把握していなかったので観光案内所による。マーラーの顔のデザインのポスターを見つけると夏は当地で「グスタフ・マーラー夏の音楽週間」なるものを行っているようである。マーラー様様の夏の避暑地の小さい町である。
窓口で場所を確認すると「この先を右に曲がって1.5kmくらい」とかいう。世に出回る著書のように僕らは「ドッビアーコ湖の湖畔」にあると認識していたので湖の方に向い車を走らせた。ついに湖につくもそのような案内も無い。どうも行き過ぎたようだ。天気もよいので湖で一休み。ちなみにドッビアーコ湖はドロミーティ山塊の北端に位置する水がとても冷たくきれいな湖でした。
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湖の端のレストランで昼食を済ませ作曲小屋探しに戻る。来た道を戻り注意深く標識などを案内があった!道を聞いた観光案内所からほんとにすぐの道を曲がれば良かったのだ。でも、これでは湖畔にあるとは言えない方向にあるぞ。先入観ゆえに騙されたようである。
しかし、これからがたいへんであった行く道はどれも山の方に向うが「作曲小屋」のようなものは見えない。通りがかりにあるホテル、レストランで道を尋ねて進んでゆくとエライ山道に入ってしまった。途中ぬかるみもありレンタルした普通車ではちょっと困難を覚えたがそれでも林道をゆく。さすが、マーラーこんなところを歩いて作曲小屋に通っていたのか?と思いつつ先を進むと視界が開けて駐車場らしきものとホテルのようなものが見えた。駐車場に車を停め建物を見るとGustav Mahler Stubeとあるではないか!やっと着いた。
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しかしどうも記憶にある「作曲小屋」のイメージとは違う。隣には何やら牧場のような家族連れの観光客が目立つ。その「牧場」の入り口でモギリをしていたここの経営者の子供に聞いてみると「この動物公園のなかだよ。チケットはそっちのバールで買ってね。」という。上の写真の建物は滞在するのに使っていて、作曲はそこから150m程はなれたところにある「小屋」で行っていたようである。
チケットを買って早速入場してみる。一人、4ユーロなり。個人経営の為か結構高いなぁ。早速「動物公園」に入場してみる。しかし、動物公園の中に存在するとは驚きの事実であった。入ってみると鹿は放し飼いだし豚やイノシシもいる。「牧場の香り」が漂い、動物の鳴き声が聞こえる。歩を進めるとついに我々は作曲小屋を見つけた!
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以前から写真で見て知っている作曲小屋だ。小屋の向こうでは豚が鳴き走り回っている。苦労してここまで来たのにこんな環境の中にあるのか、と思わず笑ってしまった(本当に)。
中に入ってみると壁にマーラーの写真や足跡を記したパネルが飾ってあり、来た人に何であるかはわかるようになっている。
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お世辞にも、きちんと、手入れさているとは言えない。むしろ粗末なメンテナンスを受けているようにも思えた。先のトスカニーニの生家とは正反対である(変に観光化されていないのはよいけれど)。我々が訪問している最中、ひとり老人がやってきた。ビデオカメラを携え中に入り感慨深く中を見渡している。我々よりもじっくりと見学している。その他には動物と遊びにきた子供連れの家族は誰もやってこない。マーラーは自分の墓碑に「記すのは自分の名前だけでいい。ここに来るものはここがどんな人物の墓であるか知っているであろうから」といって簡素な石碑を建てたがここも彼の音楽を愛好する聖地の一つであろう。
最後にマーラーここから眺めつつ作曲をこなしていた風景の写真をひとつ。
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この環境で後期の陰にこもった交響曲を書いていたかと思うと彼は自然への回帰願望(つまり、現実逃避)が強かったのかな〜と思われる。もう死んじゃうと分っていたろうしね。
by shinop_milano | 2010-08-06 04:14 | 雑記

最後の在外選挙権を行使する



先週の金曜日にミラノ総領事館に今回の参議院選挙の投票に行ってきた。2005年に在外選挙登録されてから今回が3回目の投票になる。今回はミラノ警察署から滞在許可証についての呼び出しがかかっていたのでその合間に足を運んだ。
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最近よくあるように選挙前に首相がかわり「世論が一新されて」という選挙ですが、今回僕は比例区で現政権を支持ということで投票、選挙区は僕より若い30歳の候補に投票した。選挙区で自分より若い候補者に投票したのには理由がある。約1年前にも選挙があったがそのときTBS系ラジオの番組『文科系トークラジオLife』が選挙の話題をテーマにした番組を企画した。そこにぼくは投稿したのだけどなんと番組で僕の投稿が読まれた(前にも書いたかな?)。何を読まれたかというと「ぼくは今の高齢者世代よりも僕ら自身の世代にメリットをもたらすことを優先する同世代がリーダーの政党が現れたらこれに投票する」と。今ちょっと修正すると、自分よりも国の借金はもっと若い20代の人の方が36歳の僕よりもず〜っと背負っているらしく借金しまくってこの世を去るであろうという人よりかはこの問題を真面目に取らざるを得ない世代に議論する場をもってもらおう、と。僕の両親世代には過激な発言に取られるかも知れないけれど、現実はそうであるようだ。日本と匹敵するくらいのヨーロッパの借金大国(イタリアです)で生活をしていると、我が国も将来はどうなることやらとギリシャ危機をみると不安を禁じえません。
いずれにせよ、政治家の行ったことはそれを選んだ我々市民の責任でもありますからやはり選挙権を行使して一票投じさせて頂きました。しかし、上記したような政党はまだ現れないなぁ。。。
by shinop_milano | 2010-07-04 08:00 | 雑記

ロマンス

ふと耳に挟んだ懐かしい曲、「ロマンス」というタイトルの曲。クラッシックでもありがちなタイトルだけどそれはベートーヴェンでもヴォーン=ウィリアムスでもなく、90年代学生の頃きいた原田知世の曲だ。
当時、スェディッシュ・ポップのトーレ・ヨハンソンとかムーンライダースの鈴木慶一といっしょに活動していて(今もか?)他と一線を画した曲を歌っていたのを思い出す。もう15年も前の前のことだけどYouTubeで見つけた当時のプロモーションを見ると世の中の流行、廃れを感じず、というかそういうのを問題にしないというか、なんかいい感じである。原田知世って強烈ではないがオリジナリティがあり、無理をしないで留まらないでいる。いい感じでいるアラ・フォー女性の一人かな。

その映像はこちら

そんなわけでこの曲の含まれている当時買いそびれたミニアルバム『Flowers』を勢い余ってiTunes Music storeで衝動買い。フレンチポップからのカバー「T'en va Pas」も含まれていています。今聞くとあまりフランス語はうまくないけど自然に耳に残る歌声だなぁ、僕にとっては。
by shinop_milano | 2010-06-20 06:10 | 雑記

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


by shinop
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