ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

shinop.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:楽器製作( 98 )

Augusto Pollastriモデルのヴァイオリン製作中

久しぶりに現在製作の楽器の進捗。
せっかくエミーリア・ロマーニャにいるのでご当地の製作家のモデルで新たに製作しています。モデルはボローニャで1800年代の最後から1928年まで製作していたAugusto Pollastriアウグスト・ポッラストリ(弟にガエタノというのがいるので注意) の1914年製の楽器です。
d0079867_6463473.jpg

この時代のボローニャ周辺(フェラーラ、モデナ、チェントとかの町)はクレモナにストラディウ゛ァリの遺品の道具を寄付したことで有名なG.フィオリーニをはじめにまた彼の周辺からたくさんの優秀な製作家を排していきました。そんなかなでもポッラストリの楽器はモデルも作り方も特徴的です。特に赤いニスの映える塗装はさらにオリジナリティを増しています。この楽器のラベルにある1914年は第一次世界大戦が始まった年ですから戦争なんてどこ吹く風でヴァイオリン作っていた人たちがいたんですね〜、きっと。
こんな感じで表裏板はほぼ作り終えて、f孔を仕上げています。来月くらいに出来上がる予定です。
by shinop_milano | 2010-05-11 20:00 | 楽器製作

モデナにてヴァイオリン1号

モデナにてフリニャーニ工房の空き時間で作っていた楽器が完成しました。
d0079867_4255194.jpg

モデルは以前に使ったストラディウ゛ァリのロングモデルをちょっとアレンジしたものなのでフリニャーニのスタイルとは違いますが、厚み出しやバスバーのアイデアや塗装、セットアップについては彼からいろいろアイデアをもらいました。
塗装はオイルニスで仕上げましたが表面は多少のイレギュラー感が残るように工夫しました。例えば裏板はこんな感じでアルコールニスではでない表面の感じが気に入っています。
d0079867_42953.jpg

渦巻きはこんな感じです。
d0079867_4321537.jpg

ここ何回かオイルニスを使ってみてクラシックな雰囲気(ヴァイオリン製作的には1800年代以降な雰囲気ではないという意味で)はやっぱりオイルニスでうす〜く塗り重ねるのがいいかなと思います。この段階ではあまりポリッシュなどを使って磨いていなくマット感がありますが磨けば光沢も出ます。
現在はフリニャーニ推薦(?)のモダン・ボロネーゼの代表アウグスト・ポラストリのモデルでヴァイオリンを作っています。デザインのコンセプトなんかはクラッシック・クレモネーゼと全然違い好き嫌いは別れると思いますがなかなか面白いです。
by shinop_milano | 2010-05-06 20:22 | 楽器製作

ヴィニョーラでの見っけもの

d0079867_15381369.jpg

砦から出て裏通りをあるいていると骨董品屋、がらくた屋といおうか、を見つけた。一応目をやると作りかけのヴァイオリンとコントラバス用の箱閉じクランプが1セット40本あった。コントラバス用のクランプは交渉すると20ユーロでよいと言う。いつ使うかわからないが即決でゲット。お陰で帰りはバス乗り場まで箱を担いで走ったとさ、めでたしめでたし。
by shinop_milano | 2010-04-12 15:00 | 楽器製作

モンテヴェルディの生家を訪ねる

昨日急にお使いを頼まれクレモナのある楽器職人のところに楽器を届けることになった。住所/連絡先と楽器を渡され届け先についた。持って行った楽器を渡して「いいラボですね〜」などとお約束の世間話を始めると「ここはクラウディオ・モンテヴェルディの生まれた家なんだよ。外には何も掛かってないけど・・・」とのこと。
ご存知の通りモンテヴェルディはバロック音楽・オペラの祖とも言うべき作曲家。クレモナの出身ではあるけどこんなところに生家があったとは!彼がいたことはクレモナの楽器が世間で使われていったきっかけの一つであることは間違いないと思う。普通だと街を代表するような有名人は壁にレリーフが張り込まれてあったりするのですがそんなもの用意されていません。
場所は現在工事中のヴァイオリン職人たちがいっぱい住んでいるこの通り、中央の赤い壁の建物です。
d0079867_6455425.jpg

by shinop_milano | 2010-03-30 20:00 | 楽器製作

今年のMusikmesse

今年もいろいろ都合がかさなりフランクフルトの楽器展示会「ムジークメッセ」Musikmesseにいってきました。
幸い天候がよく出発した時は曇っていたモデナですがスイスの山間部を抜けたあたりから好天に変わり気持ちのいい春日和でした(今回は友人たちと車で往復したのです)。今回は24、25日の初日と2日目、2日間だけ会場に足を運んだのですが、予想通り、聞いていた通りヴァイオリン関係のフロアには去年よりも展示ブースが少なく、また初日の来場者はとても少なかったです。2日目以降一般のビジターと思わせる人たちもかなり会場で見かけるようになって幾分来場者は増えたように見えました(参考までに会期中、最初の3日がビジネス・トレードデイ、最終日が一般ビジター・デイです)が昨年に比べて規模が小さくなったと思います。
今回の印象では、大きな発表のないこれまでの参加者は会場にブースを置かないで会場に足を運ぶか、あるいは会場の外で場所を決めて商談を進めているようでした。ですのでこれまでの出展者の一部は高い出展費用と準備の為の時間を節約してビジターとして来ている印象を受けました。
僕の方は新しくいろいろブースを見て回ったのですが、それよりも出展している同業者友人たちに久しぶりにあってあいさつしたり一緒に食事をしたりで有意義に過ごせたという感じです。
フランクフルトからの帰りはミュンヘン方面に向いミッテンヴァルトで1泊、ご当地の材木業者に寄ったりしてブレンナー峠を越えてモデナにかえったのでした。道中、Musikmesseでの会期中、モデナにかえってからといろいろなことがあったのですが個別のことは追々書くことにしてまずこんなとこまで。
by shinop_milano | 2010-03-27 20:00 | 楽器製作

南チロルTonewood Bachmannに行く

この週末は南チロルで楽器用材木を製材、販売しているBachmann Tonewoodを訪ねに行きました。彼は南チロルのAntholzという谷で活動をしているのですが山で丸太を切り製材し販売し自らもギターを作ります。丁度いま今年の冬に切り倒した丸太を製材しているところでそれを見にまた彼にいろいろ話をききに行ったのです。

今回は現地に向う日に鉄道のストライキがありたいへんだったのだけどそれはまた別の機会に書くとしまして、Bachmannの製材所でまず見せてもらったのは今年切ったスプルースの丸太です。道の反対側にまだ順番を待っている丸太が積んであるのです、こんな感じに。
d0079867_645794.jpg

この丸太は木の下の方の「節」(枝といおうか)がなくいちばん良い部分のところだけです。だから楽器用のスプルース材木は木のいちばんよいところを使うことになります。
この丸太の状態からいわゆる「クォーター・カット」に切り板状にします。クォーター・カットとは幹の中心から正目に断面が三角形になるような切り方です。
d0079867_67420.jpg

そしてその後に一つの楽器の長さに切って樹皮をの部分を取るとこんな感じでヴァイオリン用の表板の材料になります(我々はこれを2つに割って使います)。
d0079867_684928.jpg

これらの木材はこの後にシーズニング(乾燥)の為に数ヶ月倉庫で保管してから製作者の手に渡ります。もっとも我々が手に入れてから少なくとも3〜5年はさらにシーズニングさせます。なのでこれらの材木が使われるのはまだ数年先になる訳です。
上記の写真の材木は樹皮側の色がちょっと濃いのがわかると思います。これは木の水分がまだ凍っているのです。さわるとアイスのように冷たい。11〜12月にかけて切った木を冬に間に製材しておくとのことです。だからいま製材は朝から晩まで行っているとのことです、雪が降っていても。大変な作業だと思いました。

南チロルAntholzにあるGuitars&Tonewood Bachmannのサイトはこちらです。いろいろな写真があり興味深いです。 
by shinop_milano | 2010-02-20 20:00 | 楽器製作

パガニーニの墓とズガラボット家の墓

久しぶりにあまり予定の無い日曜日、天気もよかったのでパルマのIKEAに買い物に出掛けるとともにもう一件、パルマで以前から行ってみたいところに行くことにした、パガニーニとズガラボットの墓である。

ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、ニコロ・パガニーニは1784年に生まれ1840年に死んだがすぐには埋葬されなかった。というのは生前の「悪魔に魂を売って超絶技巧を手にした」と言う噂だとか教会に寄付もせず享楽的な生活を送っていたからだとか言われている。が、本当なところは僕もよく知らない。しかし、少なくともこの事実からはカトリック的には事実上「破門」されていたと見て取れる。そんな訳でしばらく埋葬されずにいたのだがそれから56年、1896年に息子のアキーレが父親の墓を認めてくれる場所をパルマに見つけてここにお墓を作った。どうも生前パルマの大公から騎士の称号をもらっていたのが幸いしたらしい。ちなみに、ニコロ・パガニーニはジェノヴァの生まれである。
そしてもう一つ、パガニーニの墓の隣で眠っているのはヴァイオリン屋にとっては有名人である。僕ら業界の歴史的大先生と言おうか、ガエタノ&ピエトロ・ズガラボットSgarabottoの墓である。ズガラボット親子は1926年にミラノからパルマに引っ越してきた。この時パルマ音楽院は音楽院内にヴァイオリン製作コースを開校するプログラムがありその教師として呼ばれたのが父親のガエタノである。イタリア初のヴァイオリン製作学校はファシズム体制の国威高揚政策の元でスタートした。しかし約10年後、1937年にクレモナに国立のヴァイオリン製作学校を作る為に政治的な都合上パルマの製作学校は廃止される。今に続くパルマの製作学校が復活するのは後年であるが、1959年ガエタノは死んで息子のピエトロはクレモナの製作学校の教師に着任しミラノのジュゼッペ・オルナーティらとともに教壇に登る。1973年退職し楽器製作をパルマで続け1990年にこの世を去る。

ということでヴァイオリンの発展に寄与した演奏家と製作家の墓を見てみよう。
2つのお墓はこのように並んでいます。右奥にあるのがズガラボット家の墓です
d0079867_832161.jpg

まずこちらがパガニーニの墓。
d0079867_843557.jpg

胸像は予想以上に安っぽく見えるかな?でも、偉人に相応の屋根付き囲い付きはその名にふさわしいか。
そして、ズガラボット家の墓。
d0079867_862731.jpg
d0079867_884962.jpg

一般的な墓標だが一目見て、ヴァイオリン作っていたんだぁ、とわかるデザインです。パガニーニのところに墓参来たヴァイオリニストに死んでからも広告をだしたかったのかなぁ。。。死んでからも成功するにはここまでしなきゃあかんのか。恐るべし、ズガラボット。

アクセス情報:
これらのお墓のあるパルマのVilletta墓地へは駅近くから出発する市バス1番に乗り12分くらい、墓地前の停留所で降り墓地の管理人さんに聞くとどこにあるか教えてくれます。
by shinop_milano | 2010-02-14 22:00 | 楽器製作

宮地楽器さんにてヴィオラを2台展示中

ちょっと前からですが私が製作したヴィオラを2台を東京・武蔵小金井の宮地楽器さんで展示して頂いています。

今回店頭に置かせてもらっている一つは以前にも作ったミラノの製作家G.オルナーティのモデルより、もう一つは18世紀にパルマ、ミラノ、トリノなどで製作をしていたG.B.グァダニーニのモデルです。
前者は本体412mmのやや大きめのモデルですが、グァダニーニモデルのヴィオラは本体397.5mmで小型ですが弦長はしっかり370mm取れるように設計しています。ですので、この大きさの楽器にしてはふくよかに鳴ってくれているかなと思っています。そしてこの条件だと駒の位置が演奏者の近くになるのでヴァイオリンも弾く方は持ち替えの時に弓の運動に大きな違和感無く演奏できるものかとおもいます。いわば、「ヴァイオリン弾き用のヴィオラ」を想定して作りました。

こちらがオルナーティモデル
d0079867_86311.jpg


こちらがG. B. グァダニーニモデル
d0079867_892729.jpg


ご興味にある方はどうぞ宮地楽器さんにて試奏して頂ければ幸いです。ご丁寧にも宮地楽器さんが私と楽器の紹介ページを用意して下さいました。詳しくはこちらをご覧下さい。
by shinop_milano | 2010-02-01 22:00 | 楽器製作

虫食い発見

フリニャーニラボは元旦も過ぎるとカレンダー通りの営業だけど今年は2日、3日が土日で6日が主顕祭で休みなので何となく”お祭りモードからのリハビリ的に社会復帰”というかんじだったろうか。
その間扱ったヴァイオリンの修理で虫食いの箇所を外側から発見。ふたを開けてみたらなかなか「乙な」虫食いの後がたくさん、被害箇所は横板だ。ライニングの方が虫食い度が高かったのだけどこれは交換ということでさっさと取り外し厚さ1mmしか無い横板をむき出しにしたらこんな感じ。
d0079867_8422020.jpg

中にはボロッと逝ってしまった箇所もあるので再構築も必要だ。これはちょっと手間をとるのでその場は虫食い防止剤を虫食いの穴に塗って終了。さてどうやってマエストロは対応するか?
虫食いを発見したときの重要な対処を教えてもらった。虫食い穴からこぼれてくる粉や取り除いたパーツは即捨てること。でないともしかしたら虫の卵があって他の材木や楽器を食ってしまうから。インフルエンザよりも怖い虫食いの穴。
by shinop_milano | 2010-01-08 20:00 | 楽器製作

カルロス・アルチェリの講習会ーその3

講習会の期間中、実に良く食べました。
毎日昼食は近くのBar&Trattoriaに行き馴れてプリモ、セコンドまで食べて、夜は中心街のTrattoriaでこれまたプリモとセコンド(夜なのに一人12ユーロの固定メニュー!)でみんなガッツリ食べていました。さすがに毎日毎晩こんなに食べていてはつらいのでぼくは何回かは夕食をパスしました。しかし食べ始めるとどのメニューもおいしく気づいたら食べている状態でした。さながら「秋のカーニヴァル」状態。
d0079867_2295786.jpg

講習初日、2日目くらいはまだ秋の暖かい陽気だったので写真のように外に出て昼食を食べたりしたのですが週明けからだんだん冬の様相が深まって山の方から突風が吹いてきたり急に季節が変わったようでした。
今回食べたものの極めつけは最終日に聖地オローパの寺院の脇にある食堂でたべたキノコ(ポルチーニ)のリゾットと鹿肉のシチュー。これはうまかった。ポルチーニは歯ごたえと濃厚な味がこれまでに食べたことが無いくらいでカルロスも大絶賛。鹿肉はよく煮込んであり臭みがなくこれさえあればパンはいくらでもたべられるぞ〜という感じです。ああ、来年も来たいな、ここ。
d0079867_22183655.jpg

最後にBiellaについて、ミラノから列車で約2時間、車なら1時間30くらいでしょうか。静かで奇麗な町です。聖地オローパが近いことから「信仰深い」町と地元の人たちは言っていましたが聖地オローパ以外にも毛織物産業や地元醸造のビール、メナブレーアMenabreaなんかで有名です。Biellaの観光局には以外にも日本人のスタッフがいるらしくサイトが充実しています。
Biellaの観光局のサイト日本語版はこちらです。ミラノ近辺の方はどうぞ週末にでも。
by shinop_milano | 2009-10-20 20:00 | 楽器製作

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


by shinop
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31