ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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カテゴリ:楽器製作( 98 )

プリモンとピッチノッティ

本日より学校が始まった。新年一発目は塗装の授業がありマルコ・イーメル・ピッチノッティがパルマよりやってきた。今日はウチの学校で以前教えていたルカ・プリモンの所に行く用事があり授業の後にその話しををしたら「俺も行くんだ」ということで2人でいっしょに行くことになった。
実はプリモンのところにはアポなしで行いくことにしたのだが、ちょうどプリモンの奥さんが留守で2人とプリモンの子どもたちとで夕食を供するということだったらしい。突然お邪魔したぼくも夕食に誘われていっしょに食事をすることになった。プリモンのところの子どもは6歳のマリアと1歳のニコロでやんちゃ盛りである。料理はプリモンが厨房で行なっているのだが、その間子どもたちはおもちゃで遊んでいる。ここで普段お目にかかれない光景にであった。当然、僕とピッチノッティは子どもたちのお遊戯におつき合いするのだが、ピッチノッティの子どもへの接する態度は学校でしか彼を見たことの無い人には想像もできない姿である。笑顔満面でいっしょに遊んでいるのだ。カメラ持ってくればよかった...(関係者ネタですいません)
しかし、やっぱりこの2人のマエストロが凄いのは料理を食べながら食べ物(特に日本食)の話しをしたりするのだが、折に触れて製作や修理の話しが出て来るのである。詳しく書くのは難しいのだが、これこれこうゆう問題の時にはお前ならどう対処する?みたいな問答なのである。で、俺ならこうする、とか、これでうまく行くんじゃない?なんて展開になるのである。その話しを聞いているだけで、想像力の豊かさと自由さ、何よりも製作者同士のフランクな人間関係を見て聞いて、今晩はいい時間を過ごしたなぁ、という気分でした。
by shinop_milano | 2007-01-08 10:14 | 楽器製作

昨年のクリスマスカードについて

昨年末に送ったクリスマスカードメール(下の写真)についてたくさんの方からお褒めの言葉を頂きました。ありがとうございます。どういう風に撮影したのかとか、など質問されたのでちょっと説明します。
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撮影場所は僕の部屋です。夜(深夜1時ごろ)、使っている木工作業台の上を片付けてアバウトに楽器を配置。三脚を使ってデジカメ(オリンパスC-2020zoom、6年前の211万画素のカメラでっせ!)を配置。写真右脇位置に白熱電球のスタンドをアバウトに設置。ロウソクに火を点け部屋の電気を消す。デジカメのモニターをみながら楽器の構図を検討し位置を調整する。どうに配置するかは一番重要なところなのですが、今回は見る人の視線がシャンパンのボトルに向かうように楽器を放射状に配置することにし立体的な感じが出るようにミカン、駒などは配置しました。ロウソクの火が全体を灯しているように見えるかもしれないが、そんな感じになるように電気スタンドの位置、角度をセットしました。デジカメのシャッタはマニュアルフォーカスに設定しフォーカスをヴァイオリンのf孔のあたりに合わせる。カメラは付属の赤外線リモコンでシャッターを切るようにして感度はISO100、露出は暗めに設定し露出優先の機械任せにしていろいろ露出を変えて試して取ってみる(20枚くらい)。結局、f値5.6、シャッタースピードは1/10のがいい感じでこれを採用しました。
今回は撮影時間、準備も含めて1時間半程度。会社員時代より愛用のC-2020zoomだけど明るいいいレンズが入っているのでこんな感じの暗いところでの撮影で機能を発揮し重宝しています(使い慣れているのもあるけど)。美術館でたくさん静物画をみた経験で光の加減、モチーフの置き方などは「それっぽく」したつもりです。ホントは花を置いたりもしたかったのですが予算、時間の都合で「有り合わせ」で間に合わせました。ヴァイオリンは以前作った私の楽器。後は他者の製作ですが、リュート以外は僕の私物です。来年はスピネット加えたいな・・・
by shinop_milano | 2007-01-05 08:57 | 楽器製作

ガリレオ・ガリレイとモンテヴェルディの奇妙な関係

今日は楽器のうんちく話
ガリレオ・ガリレイと言えば振り子の等時性や「それでも地球は動いている」などのたまわり地動説を唱えた物理学者であるが、実は音楽一家の生まれであった。お父さんは作曲家でもあったし甥っ子はバイエルン候に仕えていた音楽家であったようである。当時大学に於いて音楽は数学、天文学、幾何学とともに自由四科の一つだったから音楽も数学そんなに遠くない学問である。そんな彼はパドヴァ大学の先生をしていた訳だが、1638年ガリレイはバイエルンの甥っ子にヴァイオリンを買ってやる事になりヴェネツィアに宛てて、誰かいいヴァイオリンについて見識のある人を紹介してくれ、と手紙を送っている。そして彼に届いた返事はサン・マルコ寺院のコンサート・マスターからであった。そう、バロック音楽の巨匠クラウディオ・モンテヴェルディからであった。彼、曰く「ブレシア製ヴァイオリンが入手するには容易だが、クレモナ製のものは比類無くすばらしい」とのこと。これはブレシアの楽器がダメ〜という訳ではなく、ブレシアの楽器市場は大きく、つまりメジャーであるということである。当時としてはヴァイオリンと言ったらクレモナよりブレシアの方がブランド力があったようである。この時代クレモナにはストラディヴァリはまだ産まれておらずはニコロ・アマティが活躍を始めた時期である。
ここで思うことが二つある。モンテヴェルディ自身クレモナの出身であるからかれは故郷のフォローもあったかもしれないが、いい楽器をだれが作っていたか認識があったこと。もう一つはホントにいい楽器はメジャーな生産地、つまりブランドではない所にあるかも知れない、ということである。モンテヴェルディの出身地は現在ヴァイオリン産業最盛期であるが現在のヴァイオリン市場を彼が眺めたらどうのたまわれるか聞いてみたいものである。
by shinop_milano | 2006-12-27 05:14 | 楽器製作

バディアロフ氏の講習会(2)


バディアロフ氏の講習会ですが2日目と3日目の前半は古い文献等を紹介しつつ楽器のデザインやネック、指板、駒などの説明を行ないましたが3日目の後半は実際に楽器を使って実践講習ということになりました。


実践講習ということだったのですが、予め「僕の楽器を持ってきていいですか?」ということで1年半前に作ったバロック仕様の楽器をこの為にミラノから持ってきました。参加者4人で講習企画側もマテリアルを用意していなかったので都合が良かったようです。とうことで私の楽器を実際にバディアロフ氏に見てもらいました。


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実際にアドバイスを貰ったのは弦の選択とその手順(実際に弦を張り替えてもらいました)、指板、駒、糸巻き等の調整についてです。特に弦の選択については講習でも聞いた通り色々なヴァリエーションを説明しつつ行なってもらい、楽器を持ってきてよかった!と、ホントに思いました。百聞は一見に如かず。


講習会が終り主催者の方々も含めてバディアロフ氏と食事をしに行こうということになったのですが、期間中その日が僕の誕生日であることを知った彼は「じゃ、君がお店を選んでいいよ」ということになりました。場所が渋谷だったので、それではと思い東急プラザ内にあるロシア料理店「ロゴスキー」を指名させて頂きました。お店の中ではロシア(旧ソビエト?)の民謡や60年代風の曲などがかかっていて、懐かしいなぁ、などというようなことをおっしゃっていました。そして、メニューを見ると我々に説明してくれてました。ピロシキやボルシチ、それから彼はコーカサスの出身なのでそちらの方の料理(ピラフとか)をチョイスしてくれました。料理がテーブルに届きそれぞれの料理を食べるごとに「incredible(信じられない)」を連発し「ものすごくオーセンティックだ。懐かしい味だ。東京でこんなモノが食べられるとは!」と大変喜んでくれました(因に僕らのテーブルはイタリア語での会話です)。「ここは後で妻と子どもを連れて来なくては」とまでおっしゃって頂き僕もちょっと鼻が高かったです。

by shinop_milano | 2006-12-02 09:11 | 楽器製作

バディアロフ氏の講習会ーその1−

実は今月は10日間程日本に帰っていました。というのは、東京でバロック・ヴァイオリンの製作・セットアッップについて講習会が開かれたからです。この講習会は代官山音楽院というところで行なわれたのですが私の友人が企画したのと講師にドミトリー・バディアロフ氏が来るというので参加することにしたのです(他にも飛行機のチケットをマイルでゲット出来たのも理由にあるのだが・・・)。
さて、この講師のバディアロフ氏は最近はヴィオロンチェッロ・ダ・スパッラ(肩掛けチェロ)の再現で日本でも話題になったとは思うが彼はS.クイケン率いる古楽オーケストララ・プティット・バンド(そしてその他)のメンバーであったり楽器製作だけでなくヴァイオリン奏者としても活躍するという人物です。だから、製作者としてではなく演奏者としての考えを聞けるだろうと期待していたのです。また彼は一時私の通うミラノ市立弦楽器製作学校にも籍を置いていて共通の知りあい(学校の先生とか)もいて面白い話もできるだろうと考えていました。
この講習会は3日間行なわれ(結局当初の予定とは変わったのだが)2日半が講習、半日が実際に楽器を使っての実習ということになりました。特に実習は私が1年半前に作ったバロック・ヴァイオリンを使って行なうことになり、直接楽器についてのアドヴァイスを貰う形になり大変有意義な内容でした。バディアロフ氏は3日中の1日を使って弦(もちろんガット弦)についての説明を行ないました。其の中で印象に残るお話を一つ。
今日、我々は楽器屋で「弦下さ〜い」とえがばピ○ストロ社やト○スティック社などの弦がほぼ均一な質を持っていて(巻き付けるペグを間違えなければ)何も考えずに楽器に張って使うことができるのですが、かつては太さや均一性にバラツキの大きい弦が何十本かの「束」売られていたそうで演奏者はそれらの中から自分気にいった(あるいは目的にあった)弦を選択して使わなくては行けなかったそうです。ということはヴァイオリニストは自分の演奏についてオーボエ奏者が自分のリードを自分で製作するかの如く「弦を選ぶ(そして必要に応じて手を加える)」ということから責任を持たなくてはいけなかった訳です。ガット弦と言ってもいろいろな種類があるし、その選択は自由ですが間違うと楽器が良く機能してくれません(今回の講習会前の私の楽器のように・・・)。バロック・ヴァイオリンを作るということは弦についての熟知していることの重要さがよ〜く解りました。僕も楽器を弾きますが改めて弦楽器について考え直す良い機会になりました。
by shinop_milano | 2006-11-22 00:00 | 楽器製作

中国製の粗目ヤスリ

数日前クレモナに住む友人から中国製の粗目ヤスリ(Raspa Cinese)を買った。クレモナの某有名店でも売っているらしいが彼は中国人からダイレクトに買ったと言う。
この粗目ヤスリことのほか良くキレる。一つ一つの歯を手作業で付けていてるらしく鋭い。そして使っている鉄も質が良さそうだ。彼が購入した中国人から聞くと「これは日本の爆弾から作った」という。d0079867_20101787.jpgなるほど、以前中国に行くと質のいい昔の鉄を使った金物が露店等安く売っているという話しを聞いたことがある。日本ではこのような道具は安く大量生産した鉄で同じく大量生産で作ってしまっている(それも中国製だったりするのだが)から本当にいい道具を手に入れるには値段が高いし何より探すのに苦労する。もし聞いた話しが本当なら、戦時中寺社から集められ仏像や鐘、家庭の鍋、薬缶だったかもしれないし、何より人の血と火薬を吸って今イタリアの日本人の手元にある。きっとこの中には沢山の人の想いや願い、憎しみと欲望が溶けているから良く切れるのではないかと考えてしまった。少し前に「レッド・ヴァイオリン」なる数奇なヴァイオリンを扱った映画があったが今ヴァイオリンを作る僕はその道具にもっとリアリティのある数奇さを感じている。思わずヤスリに手を合わせてしまった。
by shinop_milano | 2006-09-17 20:23 | 楽器製作

ブリュッセルの楽器博物館

ヨーロッパの楽器博物館で5本の指に入る(と個人的には思う)のがここブリュッセルの楽器博物館。ここの博物館は収蔵品やその楽器修復活動やライブラリについてはもちろんのことアール・デコ式の建物もまたすばらしい。アール・ヌーボー&デコの街ブリュッセルでも一際かっこい建物である。そしてブリュッセルの山の手に建つこの建物は最上の6階レストランから街が一望出来る(ランチを食べたが味もなかなかでリーズナブルである、今日のランチ8.90ユーロ)。
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入場料は5.00ユーロであるが所蔵楽器についてのオーディオガイドは無料で貸し出してくれるので音楽・楽器関係の専門家以外でもかなり楽しめる(と思う)。一般観光的にもお勧めスポットである。

ここの博物館で目にして来た楽器を一部ご紹介しよう。

先ずは世界で唯一残っているガイゲンベルク。この博物館の名物である。
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これは一件離れてみるとチェンバロのようだが弦を弾くのではなく、ローターで弦を「こすって」音を出す仕組みになっている。そして、鍵盤でその擦る弦を操作するのである。プレトーリウスの『音楽大全』にも掲載されている一品である。ローター弦擦り系の楽器は中世のオルガニストィルムやハーディ・ガーディの延長線で開発されたと思われるが直ぐに廃れてしまったようである。


そして、フランドルといえばチェンバロ製作のルッカース・ファミリー。1619年製ヨハネス・ルッカースのヴァージナル付きチェンバロ。
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2段チェンバロのの構造の中に別のヴァアージナルが組込まれている。


マテオ・セラス(ヴェネツィア)のバロック・ギター。17世紀前半に作られた。
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現存する数少ないバロック・ギターのオリジナルのひとつ。他にもこの博物館にはセラスのテオルボを収蔵している。バロック期のイタリアで楽器生産も(そして音楽消費も)中心はヴェネツィアだがこの地で作られた現存するリュート、ギターは本当に数少ない。

続いてヨアヒム・ティールケ(ハンブルグ)の1701年製の装飾ヴィオラ・ダ・ガンバ
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まだ演奏可能の状態だそうである。シンプルな中の装飾がなかなか。

結局、ここで開館9:30から閉館17:00まで1日つぶしてしまった。でも時間が足らず結局はしょって見て回ることになってしまった。もう一度訪ねてみたい博物館である。

by shinop_milano | 2006-08-22 20:20 | 楽器製作

ブルターニュでバロック弓の製作に行ってきました


フランスはブルターニュ、ディナンDinanに住む楽弓製作家Nelly Poidvanさんのところにバロックヴァイオリン弓の製作に行ってきました。8月のブルターニュは涼しく、いやむしろ寒く感じる程でした(日中でも20℃くらい、夜は10℃台前半に感じた日もあった)。
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今回は八角形スティックでフロッグをネジ可動出来るタイプのスネークウッドを使ったヴァイオリン用の弓製作に挑戦しました。8/13-19の6日間9:00-20:00くらいまで途中なが〜い昼食休憩を挟み僕を含む参加者3人でNellyさんに指導を受けました。使う道具や木工の基本技術は同じですが道具の仕立て方なども違い、ヴァイオリン作りとはちがったセンスも必要かなと感じいい経験になりました。何よりも他の人の工房に行くといろいろな発見・アイディアもあり刺激的な1週間でした。Nellyさんのチェックは厳しく特にスティックの「反り」についてはかなり時間をかけました。結局今回は完成までいかず(最終日は夜の3時までがんばったのですが・・・)ヘッド(弓の先)とスティックの仕上げが終わらず、また来るからその時仕上げよう、ということになりました。こんな感じでミラノに持って帰りました。
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参加期間中は一緒に参加した二人、Nellyさんの夫のOlivierさんと一緒に昼食、夕食を食べました。ブルターニュ名物のガレット(そば粉のクレープ)を用意して下さったりいろいろな家庭料理をごちそうになりました。何よりも、ブルターニュの歴史についてや音楽ダンスついても教えてもらい見識が広まりました。Olivierさんはコルナムーザ(バッグパアイプ)&フィドルの名手でよくお家で演奏していました。たまたま期間中にあった地元のフォークダンス会にだみんなで一緒に踊りにも行ったりもしました(この辺の恒例行事らしい)。私自身地元のバンドのひとたちの演奏にすっかりはまってしまった(頭の中からコルナムーザとフィドルの音が抜けない〜!)。ヨーロッパ文化のベースにあるもの強くを感じた1週間でした。
Dinanの街は中世の面影がよく残っておりとても落ち着いた奇麗な街でした。何よりも涼しいので夏いくのはお勧めです。今度いくときはゆっくり街歩きもしたいです。そしてフランス語ももっと覚えてから・・・

by shinop_milano | 2006-08-19 20:20 | 楽器製作

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


by shinop
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