ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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救急車の中で、そして見つかるまで

何かが僕の背中に追突したとき、その場で倒れてものすごい激痛を伴って道路に倒れた。次の記憶は救急車の中でそれまでの記憶は思い出せない。来ていた衣服を切られて救助を受けていた。「背中が痛い・・・」とか「ここはどこ?」といったことを救急救命員に聞いたような気がするがよく覚えていない。そんな中で、自分が事故に遭ったんだ、ということは理解できた。そう認識したくなかったけどそう認めざるを得なかった。

呼吸が苦しい。ここはどこ?もしかしたら病院の中?
最初はああこのまま障害を持つようなら死んじゃった方がいいかもなぁ、と頭をよぎった。あるいは既に危ない状態なのでは?ちょっとだけ死を覚悟した。しかしそう思ったとき体のどこが動くか確かめていた。

脚?両方動く。
左腕と手?動く。
右腕?あれ、あがらない。でも右手の指は動く。肘も曲がる
首?左右に動く。
背中?激痛!

手足が動くのを確認してどうも生き残ってもまだ楽器を作ったりできそうだと思った。そして、ここはどうも僕の死ぬ場所じゃないようだ、と思いついた。時代小説のようなセリフだけど本当にそう思った。神様がまだ生かしてくれたのかもしれない。別段信仰心が厚い訳ではないがまだ僕に生きろと言っているのかも、と思ったときまた普通の生活に戻りたくなった。また家族や友人たちに会わなくては、とも思った。このとき何か体に、あるいは心にスイッチが入ったのかも?

当初は1月くらいの入院と言われたが2週間で退院できた(完治じゃないけど)。骨の折れ方がよかったのかもしれないが正直、自分でも回復力に驚いている。集中治療室にいるときは想像もできなかった。幸い鎖骨も手術なしで済んだ。脊椎から左側は無傷でそれも運が良かった。

偶然かもしれないが信じたいいくつかの事実。
事故に遭ったとき、背負っていたリュックにはネックや横板を作る為の材木が入っていた。もしかしたらこれが緩衝材になったのかもしれない(あるいは悪く作用した可能性もある)。ヴァイオリンの神様に助けられたのかも?
事故に遭った日、それは3年前に亡くなった東京で一緒に楽器を弾いていたある友達の命日だった。ついこの間日本に帰ったとき彼の仏前に手を合わせてきたばかりだった。もしかしたらこの日だけ彼が力を貸してくれたのかも?
みんなが僕を捜索中のとき、カトリックの友人(日本人)がミサのときにシスターたちに僕のことを話したところみんなでお祈りを捧げてくれたらしい。そして彼の頭に僕の入院している病院の名前がよぎったという。その晩入院3日目にして僕はようやく発見された。

そして臆面もなく言わせてもらえば、みんなが僕を見つけてくれたとき『起動戦士ガンダム』最終回のアムロの最後のセリフがちょっと頭をかすめました(みんなわかるよね?)。ガンダムはすごいアニメだったなぁ。。。
by shinop_milano | 2008-12-31 00:00 | ミラノ生活

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


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