ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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パガニーニの墓とズガラボット家の墓

久しぶりにあまり予定の無い日曜日、天気もよかったのでパルマのIKEAに買い物に出掛けるとともにもう一件、パルマで以前から行ってみたいところに行くことにした、パガニーニとズガラボットの墓である。

ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾ、ニコロ・パガニーニは1784年に生まれ1840年に死んだがすぐには埋葬されなかった。というのは生前の「悪魔に魂を売って超絶技巧を手にした」と言う噂だとか教会に寄付もせず享楽的な生活を送っていたからだとか言われている。が、本当なところは僕もよく知らない。しかし、少なくともこの事実からはカトリック的には事実上「破門」されていたと見て取れる。そんな訳でしばらく埋葬されずにいたのだがそれから56年、1896年に息子のアキーレが父親の墓を認めてくれる場所をパルマに見つけてここにお墓を作った。どうも生前パルマの大公から騎士の称号をもらっていたのが幸いしたらしい。ちなみに、ニコロ・パガニーニはジェノヴァの生まれである。
そしてもう一つ、パガニーニの墓の隣で眠っているのはヴァイオリン屋にとっては有名人である。僕ら業界の歴史的大先生と言おうか、ガエタノ&ピエトロ・ズガラボットSgarabottoの墓である。ズガラボット親子は1926年にミラノからパルマに引っ越してきた。この時パルマ音楽院は音楽院内にヴァイオリン製作コースを開校するプログラムがありその教師として呼ばれたのが父親のガエタノである。イタリア初のヴァイオリン製作学校はファシズム体制の国威高揚政策の元でスタートした。しかし約10年後、1937年にクレモナに国立のヴァイオリン製作学校を作る為に政治的な都合上パルマの製作学校は廃止される。今に続くパルマの製作学校が復活するのは後年であるが、1959年ガエタノは死んで息子のピエトロはクレモナの製作学校の教師に着任しミラノのジュゼッペ・オルナーティらとともに教壇に登る。1973年退職し楽器製作をパルマで続け1990年にこの世を去る。

ということでヴァイオリンの発展に寄与した演奏家と製作家の墓を見てみよう。
2つのお墓はこのように並んでいます。右奥にあるのがズガラボット家の墓です
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まずこちらがパガニーニの墓。
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胸像は予想以上に安っぽく見えるかな?でも、偉人に相応の屋根付き囲い付きはその名にふさわしいか。
そして、ズガラボット家の墓。
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一般的な墓標だが一目見て、ヴァイオリン作っていたんだぁ、とわかるデザインです。パガニーニのところに墓参来たヴァイオリニストに死んでからも広告をだしたかったのかなぁ。。。死んでからも成功するにはここまでしなきゃあかんのか。恐るべし、ズガラボット。

アクセス情報:
これらのお墓のあるパルマのVilletta墓地へは駅近くから出発する市バス1番に乗り12分くらい、墓地前の停留所で降り墓地の管理人さんに聞くとどこにあるか教えてくれます。
by shinop_milano | 2010-02-14 22:00 | 楽器製作

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


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