ヴァイオリン工房は不思議の部屋 ★camera delle meraviglie★

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S. Polo d'EnzaにてSesto Rocchiの楽器展

パルマからアペニン山脈に向う途中、何度も話題に触れるカノッサに行く途中にあるサン・ポーロ・デンツァ(エンツァ川の近くにあるサン・ポーロって町っていう意味です)で仕事をするピッチノッティに呼ばれて3日ほど仕事を手伝いに行ってきた。丁度ご当地では楽器のマスタークラスを行っていてあわせて当地で仕事をしていたセスト・ロッキSesto Rocchi(1909-1991)の楽器展示を行っていていた、というのも呼ばれた理由である。
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ロッキにについて僕はよく知らなかったがピッチノッティに説明を聞いてなるほど面白い経歴の持ち主だとわかった。彼の二人いる娘の一人の旦那さんは前首相のロマーノ・プローディの兄弟だったのだ。プローディ兄弟は(7人くらいいるらしい)アマチュアの音楽一家らしく彼もチェロ(だったかな?)を弾くらしくLiuteriaのことにも興味があるようである。それでもって彼は今年2回目になるサン・ポーロでのマスタークラスのオーガナイザの一人でお父さんの遺産の楽器をたくさん持っている奥さんといっしょに生誕100周年と謳って展示会という訳である。
ロッキの自身の経歴も面白い。サン・ポーロ(ほんとうに田舎町です)から楽器の製作を学びにパルマの音楽院で製作を教えていたガエタノ・ズガラボッドのところで本格的に製作を学び始めその後ミラノのビジャック工房で経験を積みその後ヨーロッパの各所をまわりながら知見をひろめ最終的にサン・ポーロに戻ってきて楽器を作り続けてきた経歴をもつ。自宅には『ストラディウ゛ァリの秘密』の著書で有名なシモーネ・サッコーニも訪れにきたようである。
さて、展示会といってさほど大きくなく町の時計塔の部屋を借りて(この部屋というのは昔牢獄に使われていたものである)わずか十数台の楽器展示であった。
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多作家であったそうでモデルは色々使っていたようである。ビジャック工房でいろいろ凄い楽器をコピーしていたと本には書いてあるがそれをモデルにしていたのがよくわかる。展示の楽器はほとんど弾かれた形跡はなくおそらく持ち主がコレクションとしてこんな展示会をしつつ、これいいねぇ、と商談につながるのを待っているのではと思う。
小さな機会ではあるがご当地で現在仕事をするピッチノッティにいろいろ人を紹介してもらいまた説明もしてもらってよい勉強の機会であった。
by shinop_milano | 2009-07-31 22:00 | ミラノ生活

「ミラノ的ヴァイオリン製作の部屋」改め。埼玉に活動の場を移したヴァイオリン屋の徒然日記


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